極楽の三日間が終わり、散文的な現世に戻ってくる。
三日間、抜けるような青空、コカインのような(というのも不穏当な比喩であるが)パウダースノー、極上の温泉、山海の珍味と美酒に酔いしれて、活字もパソコンのディスプレイも見ることなく過ごした。
「極楽スキーの会」は歴史学、文学、経済学、生態学、情報工学、医学などの先端的研究者の集まりであるにもかかわらず、全員のひたむきな努力によって、あらゆる種類の知的な会話が構造的に排除されているので、脳みそのしわが「でろん」とのびきった状態になって都会に降りてくることになる。
おそらく脳内事情は他の会員のみなさんも私とそれほど違ってないと思われる。
たまったメールをチェックして必要なものに返信を書こうと思ったのだが、文を書いている途中で、単語が頭に浮かんでこない。
日本語がうまく使えない状態になってしまったらしい。
しかたなく、三宅先生のところで足腰の凝りをほぐして頂き、帰りに散髪をして昼寝をして、合気道の稽古をしてようやく「リハビリ」が終わり、戻ってからばたばたと本日締め切りの原稿を書き上げて送稿。
極楽の知性破壊力は侮り難いものがある。
極楽スキーのもう一つの難点は「デブになる」ことである。
私とワルモノ先生がとくにこの傾向が顕著であり、毎年三日間でぴったり3キロデブになって戻ってくることが経験的に確証されている。
温泉の脱衣場にも体重計は存在するのであるが、これは美食美酒で桃源郷をさまよっている湯治客が冷厳な現実に直視するのを防ぐために、3キロ分だけ控え目な数値が計上されるようにセッティングしてある。
私は極楽出発前に75キロであり、現地三日目に宿の体重計で最後にはかったときも75キロであったが、家にもどって量ると78キロになっていた。
U野先生は観察する限り、あきらかに私の1.5倍は食べているはずであるが、極楽前後で体重にいささかの変化もないという。
これは私とワルモノ先生が「燃費のよい身体」をしているということをおそらくは意味しているのであろう。
わずかな摂取食料で最大限の脂肪を体内に蓄積するこの能力は、飢餓が日常であった旧石器時代にあってはおそらくきわめてすぐれた生存戦略上の利器であったはずである。U野先生などがその時代の人であれば、いちはやく枯死したであろうに、不幸にも飽食の時代にあっては、U野先生がわははとコロッケカレー大盛りなどを食しているときに、私どもはうらめしげに横目を使いながら、ずるずるとラーメンなどを啜ることを余儀なくされているのである。
不条理なことである。
しかし、週末には「極楽第二弾」の「極楽麻雀」が控えており、ここでもまた2キロの増量が見込まれている。
それまでの3日間に75キロに戻しておかないと、週明けには80キロという「テラ・インコグニタ」に突入し、卒業式に来て行くスーツのボタンがことごとくはじけ飛ぶという悲痛な未来が確実視されている。
やむなく、本日は朝食シリアル1杯。昼食にチーズバーガー1個とコーヒー。晩ご飯抜きという悲しい食生活を過ごしている。
さいわい、体重は現時点で76キロに戻り、残る二日で1キロ減量すれば、なんとか目標はクリアーできる予測が立っているが、明晩は温情会でフレンチのフルコースを食さねばならず(別に「食さねばならぬ」と悲痛な表情をするほどの義務ではないのであるが)、予断を許すことのできない緊張状態がこのあとも続くのである。
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(2005-03-10 21:02)