「自己アピール」って何ですか?

2005-02-28 lundi

新四年生のE並くんからメールが来て、「*** 放送の書類選考に通って、第一次面接があります。自己アピールを自由に書けというのですが、どんなことを書いたらいいんですか?」という質問があった。
よい質問である。
質問してくるということ自体がよい。
こういうことを私に携帯メールで訊いてくるという点で、E並くんの就活能力の高さがすでに証明されていると申し上げてよろしいであろう。
社会性というのは、ひとことでいうと、「システムがどういうふうに機能しているか、だいたい見当が付く」能力のことである。
よく使う図書館の比喩を使わせて頂ければ、「自分が読んだ本」(それがどれほどささやかなものであれ)が図書館のどの階のどの棚に配架されているかを知っていることを社会性という。
「自分が読んだ本」がどこにあるかを知っている人間というのは、「自分がまだ読んだことのない本」がどこにあるかだいたい見当が付けられる人間である。
逆に、「自分が読んだ本」について、それらにどのような分類上の特徴や偏りがあるのかについて記述することができない人間は、どれほど膨大な書物的知識を有していても、「図書館」の中では迷子になる。
「読んだ本」というのは学生さんたちがこれまで習得した知識やスキルのことで、「図書館」は社会の比喩である。
「自己アピール」ということを就活中のほとんどの学生さんは勘違いしていて、英検が何級であるとか、留学経験があるとか、どこそこにボランティアに行ったとか、武道の段位を持っているとか、日舞ができるとかいう外形的な資格や能力を誇示することだと思っている。
あのね、人事のおじさんたちが、そんなチープな学生の自慢話を聞きたがると思うかね。
彼らは毎日何十人、一シーズンに数千人からの学生を面接するのである。
「そんな話は聞き飽きた」話をすることが、どうして「アピール」になるであろう。
「アピールする」というのは、自分がこの社会の中のどのポジションにいるのか、それをできるかぎりわかりやすく記述するということである。
それだけのことである。
だって、あなたは63億から人口があるこの世界にただ一人しかいないわけで、そうである以上、あなた以外の誰によっても占めることのできない、代替不能の「ポジション」を今占めているわけでしょう?
それがどんなポジションかを告げる、というのが自己アピールということでしょう?
そのポジションの人が有用であると先方が判断すれば採用されるし、そのポジションはいまのところ不要だわ、ということなら採用されない。
ただ、それだけのことである。
その人事の手間をできるだけ省いてあげるのが自己アピールの意味である。
勘違いしないでね。
就職活動の要諦というのは、人事の人の「採否の判定の手間をできるだけ省いてあげる」ことに存する。
肩にフケだらけのアオキの29800円のスーツを着て、鞄からギャルゲー攻略本をはみださせて、何を訊かれても「ええええっっとおおお」と不得要領で答える学生は、
「あ、キミは間違いなく本社にはまったく不要な人間です」
ということを人事の担当者に面接10秒で納得させられるから、これもまたある種の社会的能力と申し上げてよいのである。
それは彼のたたずまいが、彼が「この社会において占めているポジション」を適切に指示していることのネガティヴな効果である。
その逆を考えればよろしい。
「リクルート」というのは「新兵徴募」ということである。
こんな情景を想像してみて欲しい。
戦場で、小隊長から前線の兵士たちに無線が入る。
「現在位置を報告せよ」
「えっと、ですね。上には空があります。下は地面です」
というような報告をする兵士は「パス」される。
当たり前だね。
「何か麦畑みたいなところにいます。ひばりが鳴いてます。あ、ヒマワリきれい…」
なんていう報告をする兵士も「パス」。
「はい、私はこのあとばりばりと功績を上げてですね、いずれは将官となって三軍に指令する立場になりたいと思っております、はい」
というような報告も「パス」。
必要なのは
「はい、現在位置マルヌ橋西方300メートル。橋の東側に敵戦車一台、歩兵一個小隊。機関銃二座です。こちらが高台で遮蔽物もありますので、分隊の応援あればただちに攻撃可能です」
というような報告である。
私はどこにいるのか、何が見えるのか、どこに行けるのか、何ができるのか。
そして、そのミッションがなぜ私以外の誰によってもいまのところ代替できないのか。
それを報告できる兵士だけが前線で「使い物」になる。
E並くんはおそらく就活でただちに成果を挙げるものと私は予測している。
それは「自己アピールって何を書いたらいいんだろう?」という問いに逢着したときに、ただちに携帯メールでウチダに問い合わせたからである。
どこの紐を引っ張ると、何が出てくるかをだいたい見当がつくということ、これが繰り返し申し上げているように、システム内におけるふるまい方の基本である。
E並くんは、「就職活動心得本」のようなものを読むより先生に携帯メールした方がメンドーがなくていいわと判断した。
手間と効果のコストパフォーマンスのソロバン勘定をしたのである。
そしてふつうの会社の人事の人は「そういうソロバン勘定ができる人間」を求めているのである。
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