『メトロポリス』型学校

2005-02-08 mardi

今朝、新聞を開いたら「丸ごと関大ビル」という文字が目に入った。
「学校法人関西大学(大阪府吹田市)は七日、同府高槻市に30階建ての高層ビルを建て、幼稚園から小中高校までの学校と、新設学部、大学院を新たに開設する構想を発表した。関大にとっては四番目のキャンパスで、初の小学校計画も含む。(…) 少子化で受験生の減少が続く中、新しい形のキャンパスをつくって改革に積極的な姿勢を内外にアピールするねらいだ。」
なるほどね。
で、昨日は同志社と立命館大学が小学校を開学する計画を発表していた。関西学院もこれに続くらしい。
関西で言われるところの関関同立の巨大私立四大学が「大学淘汰」を好機として、二極化による市場の寡占化(小学校からの「囲い込み」)を明確に意図して、一気に「攻勢」に出てきたということである。
大学を「学生獲得ビジネス」というふうに考えた場合、この「業界そのものの低落局面では残るクライアントの囲い込みを狙う」という戦略は常識的なオプションだ。
いずれ中小の大学の中からも同一の戦略に追随するものが出てくるだろう。
しかし、私はこの戦略は投下資本に引き合うだけの効果をあげることができないだろうと予測している。
理由は「私みたいな人間」が一定数存在するからである。
「小学校から大学院まで」を同一学校法人の中に囲い込むという戦略は日本社会が社会資本・文化資本の差による階層化の道をこのまま進むだろうという見通しの上に立っている。
見通しの上に立っているどころか、その趨勢を一層強化しようとするものである。
私はご存じのとおり、文化資本による社会の階層化には反対する立場にある。
『街場の現代思想』に詳述(どこが?)したように、その理由は「階層化された社会では、社会的リソースがより狭隘な社会集団に累積される傾向がある」からである。
私はどんな状況であれ、ものが「偏る」ということを好まない。
別にしかるべき社会理論があって申し上げているのではない。
私の身体のDNAが「そういうのって、好きじゃないんだ」と私に告げるのである。
私は関大の「30階建てビル」の記事を読んだときに、フリッツ・ラングの『メトロポリス』を思い出した。
『メトロポリス』の世界を領する重苦しさと窒息感は、そこでは水平方向の空間移動の余地がなく、エレベーターによる垂直移動しか許されていないという空間的設定そのものから由来している。
よくメディアは「空間的な限定」のことを「養鶏場のブロイラー」という定型的な比喩で語るが、「養鶏場」は水平方向に広がりがあり、屋根を打ち破れば「青空が見える」という可能性があるだけまだ「まし」である。
限定された地面の上に高層ビルを建てて、垂直方向に確保された空間における「学び」というのは何かが「根本的に間違っている」という気が私にはする。
どうしてかはうまく言えない。
でも、私がいま就学前の子供で、親に「お前は、あの30階建てのビルにいまから大学卒業まで通うんだよ」と言われたら、きっと恐ろしさに泣き出すだろう。
東電OL殺人事件を素材にした桐野夏生の『グロテスク』ではKOに通う少女たちが、その「囲い込まれ純度」の微細な差異(幼稚舎からKOか高校からか大学からか…など外部からは識別すべくもない差異)に基づいて排他的な集団を形成し、排除された少女たちがしだいに精神に変調を来す様子が活写されている。
『グロテスク』はフィクションだから多少の誇張もあるだろうが、本質的なところはだいたいあの通りだろうと思う(学生時代に、中等部から上がって来た学生たちが「あいつは高校からったって志木だぜ(笑)」というような会話で盛り上がっているのを横で聴いた覚えがある)。
そういう階層性や閉鎖性を私は好まない。
「嫌い」というより「怖い」のである。
学校というのはそういうふうに人間を階層化したり差別化したり囲い込んだりするための社会的装置ではないと私は思う。
むしろ逆だろう。
人間をその出自からも、身分からも、階層からも、信教からも解放し、その差別意識を廃し、知的閉域からの自由を得させるための「逃れの街」、「アジール」であるというのが学校の重要な社会的機能の一つではないのか。
「30階建て高層ビル」というものは私にとって、「アジール」ということばから隔たることもっとも遠いヴィジュアル・イメージである。
「幼稚園から大学院までを収容する30階建て高層ビル」は私たちの国のいくつかの学校が選ぼうとしている「学校による囲い込みと社会の階層化」を端的に図示するものだと思う。
「幼稚園から大学院までを収容する30階建て高層ビル」がなぜ私を恐怖させるか、その理由がここまで書いてやっとわかった。
それは「時間がすみずみまで空間的な表象で語り尽くされた情景」そのものだからだ。
そこで損なわれ、汚されているのは「時間の未知性」なのである。
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