(笑)問題

2005-02-05 samedi

ようやく名越先生との対談本『十四歳の子供を持つ親たちのために』(新潮新書)のデータ校正が終わる。
去年数回にわたって行った対談を起こしたものだが、なにしろ名越先生と私であるから話頭は転々奇を究めてとどまらず。足立さんはよくぞあんな支離滅裂なるおしゃべりを一冊の本にまとめたものである。さすがプロ。
その場の勢いで思いつくままいろいろなことを話しているせいで、今読み返すといったい自分が何を言っているのかよくわからないところも散見される。
書いた本人が何を言っているのかわからない箇所を読者が理解できるはずがない。そういうところはさくさくと削って、あらたに書き足してゆく。
対談の校正の難点は、あらたに書き足した箇所に(笑)を入れる権利が加筆者にあるかどうかという「(笑)問題」である。
笑ってもいないどころか、そのことばを聞いてさえいない名越先生に代って私が「あなたの述べることに私も同意する」を近似的に意味する(笑)の符号を私自身のコメントに付すというのは、いわば「ひとりうなずき」というか「自画自賛」というか、倫理的にも審美的にも許容しがたいことと言わねばならない。
とはいいながら、実際にその場で私がそのことばを述べたあとには、かならずや名越先生が爆笑されるであろうということが確証せらるることを書き足したあとに、(笑)が入ってないと、「おや、このネタで名越先生は笑わなかったのか…ということは、名越先生はウチダのこのような物言いに対して、何らかのご批判なり、ご不快なりを感知せられたということであろうか…」というような取り越し苦労を読者にさせかねない。
これも困る。
というわけで、「(笑)問題」は対談本校正における永遠に解決されることのないアポリアなのである。
で、今回はどうしたかというと、私は二箇所にこっそり(笑)を入れた。
私の校正のあとに名越先生が朱を入れられるはずであるが、おそらく炯眼なる名越先生にしても私が挿入した「偽(笑)」がどこであるかを判定することには困難を覚えられることであろう。

優秀卒業選考のために候補論文五点を読む。
私の属する現代国際文化コースのゼミの先生方が自分のゼミから一点選んだ論文を読み比べて、最も優秀なものを選び、論文集に掲載するのである。
がんばった学生への報奨であると同時に、「卒論というのはこういうふうに書くのだよ」というモデルを下の学年の学生たちに提示することも意図されている。
その論文を一気読みする。
ナバちゃんのゼミの子の「時間論」のレベルの高さに驚く。
論文定型からは外れているからおそらく選考会議の席では評価が割れるであろうが、大学生でここまで時間の本質について独力で思索できるというのはたいしたものである。ベルクソン、ジャンケレヴィッチまで読んだのであれば、あと一歩、レヴィナス老師の『時間と他者』までたどりついてくれたらいうことはなかったのであるが、それにしても学生の卒論を読んで思わず「お、これ使わせて頂こう」とメモをとってしまう、というのはレアなことである。
もう一点、シミチュー先生のゼミの「国立公園論」にも感心。アメリカのフロンティア開拓と自然観の推移を扱ったものだが、文章の流れがよい。
読んだ資料をいったん自分の中で咀嚼して、それを自分のことばで整えると、ことばはある種の「身体性」を獲得する。文体の「肌理」といってもいいし、「温度」といってもいい。
知性の上質さが感じられるような文体である。
続いて『讀賣新聞』から2月に4本エッセイを頼まれているので、第一回分800字をさらさらと書く。
知性の上質さがあまり感じられない文体であるが、身の不徳の致すところであるから仕方がない。
これで急ぎの仕事はすべて片づいた。
「急ぎの仕事がすべて片づいた」というのは数ヶ月ぶりのことではないだろうか。
あとパソコンのハードディスクに校正データがまだ三冊分入っている。
次はとりあえず「池上先生との対談本」にかかるとしよう。
どうやら春休みのうちにたまった仕事を一括処理できそうな見通しが出てきた。
これで四月から晴れて「お気楽サラリーマン」だ。
鈴木晶さんからメールが届いて、鈴木先生はHP上で「マイ古書店」というものを開設せられたそうである。
あまりに蔵書がふえて収拾がつかなくなったので、好書家のみなさんにリーズナブルなプライスで専門書を頒布しよう企図されたのである。
グッドアイディアであるけれど、こういうことは「蔵書リスト」というものをハードディスクに収納している人じゃないとできないことである。私は自分がどんな本を持っているかよく知らない(読んでないから)ので、古書店は開けないのである(泣)。
鈴木晶先生のマイ古書店はこちら
http://www.shosbar.com/shop/shop-index.html
どんどん買って鈴木先生の書架に隙間をつくってあげましょう。
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