首都大学東京の予告された没落

2005-02-01 mardi

首都大東京について都立大講演のあとにこのHP日記に所見を記したところこれまでほとんどメディアが報じてこなかった都立大廃校問題の社会的・教育的意義について、大学関係者以外の方からもいろいろご発言を頂いた(トラックバックというのは、こういうときに便利だね)。
貴重なご意見をたまわったみなさまにこの場を借りてお礼を申し上げたい。
この論件について、情報的にいちばん充実しているのは
都立大の教員たちで首都大学への就任を拒否した「首大非就任者の会」
http://www.kubidai.com/
それから「都立大の危機 FAQ」 http://www.bcomp.metro-u.ac.jp/~jok/kiki.html
そして、私を先般都立大にお招きくださった西川直子先生が率いる「開かれた大学改革を求める会」http://www.geocities.jp/hirakareta_daigakukaikaku/
のサイトであるので、首都大問題についてさらに考究されたい方はぜひそれらをご覧ください。
私としてはとりあえずそのときに「今後の首都大の志願者数や偏差値の推移や前年比について逐次ご報告申し上げる」というお約束をしたので、それを果たすべく、簡単な数値だけご紹介したいと思う。
まず河合塾のHPにおける首都大の出願状況分析から

「東京都立の 3 大学と 1 短大が統合してできる首都大学東京は統合前の各大学志望者総数の約 6 割しか集まっていない。健康福祉学部以外の学部で大きく志望者を減らしている。もともとセンター試験科目数が少なく、首都圏の有名私立大との併願者が多かった大学であり、来年度からセンター科目数を増やす学科が多いこともあり、多数の私立大併願者に逃げられたものと考えられる。ただ、5〜6 科目で受験できる学科が多いだけに、センター試験本番の平均点が低くなった場合などは、志願者が集中する可能性もあり予断を許さない。」(河合塾入試直前動向分析から)

つぎは「非就任者の会」の調査報告

「当会調査班が調べたところによれば,駿台予備校のサイトに,「2004 年度大学ランキング表」があることが分かった。駿台予備校では,ハイレベルの模試を「駿台全国模試」と呼び,標準的な模試を「駿台全国判定模試」と呼んでいるが,「駿台全国模試」において,「国公立大学」と「専攻学部」を選んで「首都大学東京」の偏差値を確認してみた。
その結果,
引用:
首都大学東京 都市教養・都市-人文・社会系  前期 56
首都大学東京 都市教養・都市-法学系     前期 56
首都大学東京 都市教養・都市-経営学系    前期 54
首都大学東京 都市教養・都市-機械      前期 54
首都大学東京 都市環境・都市-材料化     前期 54
首都大学東京 都市教養・都市-物理      前期 53
首都大学東京 都市教養・都市-生命科学    前期 53
首都大学東京 都市教養・都市-電気電子    前期 53
首都大学東京 都市教養・都市-化学      前期 52
首都大学東京 都市環境・都市-都市基盤環境  前期 52
首都大学東京 都市教養・都市-数理科学    前期 51
という数字が出てきた。
参考までに,前年度の都立大の偏差値(ベネッセ)を以下に挙げる。
引用:
都立大(人文)   前期 69
都立大(法)    前期 68
都立大(経済)   前期 62
都立大(工)    前期 61
都立大(理)    前期 60
さらに,システムデザイン学部では,
引用:
首都大学東京 システムデザ・シス-航空宇宙シス  前期 49
首都大学東京 システムデザ・シス-ヒューマンメカ 前期 46
首都大学東京 システムデザ・シス-情報通信シス  前期 46
となっており,関係者にとってはかなりショッキングな数字である。
昨年度の科学技術大学の偏差値(ベネッセ)が 57 だったのに比べて,やはり大幅に低下している。」

同サイトには予備校の進路指導担当者へのインタビューも採録されていた。
都内某大手予備校におけるやりとりは次のとおり(短縮版なので、全文を読みたい方は上記「非就任者の会」のサイトをご覧ください)

「- 首都大学東京の難易度はどうなりますか。
これまで都立大は人気がありましたけれども,今は不安感が広がっています。
- 不安感とは。
先生方がいなくなるとか,新大学の中身がよくわからないとか,そういうことです。
- 予想偏差値などはどうですか。
これまで,都立大は模擬試験に記入する志望校として,第 1,第 2 に挙げる学生も多かったのですが... 今年はちょっと...
- つまり,今年の首都大学は第 4 志望とか,第 5 志望に挙がってくるような,ということですか。
ええ。
- 滑り止めの学校として考えられているということですね。
はい。ただ,センター試験が終わってみないと,実際どういう風に変動するかわかりません。
- というのは?
センターで失敗した受験生が雪崩れ込むということです。
- つまり,センター前には近くの横浜国大とか千葉大を志望としていたけれど,センターが失敗したのでとりあえず受かりやすい首都大学を受けようということですか。
はい。
- センターで足切りとかありますか。
いえ,このレベルではありません。人によっては狙い目だと言う人もいます。
- えっ,そうですか。そうするとつまり,センター入試の配点の高い横浜国大や千葉大志望の学生がセンターで失敗して,ぐぐっと雪崩れ込んでくると予測されていると,理解して良いですか。
はい。そうなるだろうと...
- ところで,不安というところで,教員がいなくなるというお話がありましたが,そういう情報は予備校でもきちんと把握されているのですか。
はい。いろいろと。インターネットなどもありますから。
- なるほど。ところで,クビダイドットコムってご存知ですか。
いえ,私はそこまでは。上の人が情報を集めているので。
- ところで,予備校の進路相談では,大学の内容面などについても情報を提供したり,相談にのってらっしゃるのですか。
はい。
- では,首都大学の先生がいなくなるとか,中身がよくわからないとか,そういう情報も予備校生に教えているのですか。
いや,そこまでは。やはり私どもは予備校なので,受験面が中心になります。
- それでは,自己責任ということでしょうか。入り易く出難い大学なので,入ったのは良いかもしれませんが,入ってから惨事になったらどうするのですか。
そこまでの責任となると私どもはちょっと...
- もう,そこまでは学生の方で判断してもらうしかない,という感じですか。
はい。...まずは大学に入れるというのが私どもの仕事ですから。
- なるほど,そうですね。まずは入ってから,他大学に編入することもできますからね。
はい。」

次は別の大手予備校でのインタビュー。

「- 首都大に入りやすいと聞いたのですが,どの位のものかと。入試のためのデータとかわかると良いのですが。
何学部ですか。
- 都市教養学部です。
(なぜか理系の偏差値予測バインダーをその方は持ってくる...)
- あのー,文系なんですが。
そうですか。すいません。持ってきます。
(「都市教養学部」という語感は,理系的な響きがあるのだろうか。文理融合をめざしているそうだが...文系の偏差値予測バインダーを持ってきてもらう)
- レベルはどういう感じになりそうですか。
ちょっと予測しづらいですね。(バインダーの中の数字をいろいろと見せてもらっても,母集団が少なすぎるので,正直言って信頼性のある偏差値ではないと言う)
- 率直にお尋ねして,予備校生には首都大を薦めているのですか。
いえ,率直に言いまして,学生の方から積極的に志望するということであれば相談にのっていますが,こちらから学生にお薦めはしていません。
- えっ,他の予備校では,首都大は狙い目だとか言っていましたが。
それは国公立大の合格者総数を増やしたいからで。まあ,そういう理由で首都大を薦めている他の予備校もあるらしいですが。
- なるほど。あなた方は,予備校の実績を上げるためだけではないのですね。
はい。やっぱり学生の将来が心配なので。
- ある予備校さんは,まずは学生を大学に入れるというのが仕事だと言っていましたが。
偏差値の問題よりも学生の将来に不安がありますから,そういうのは...
- ところで,全体でミーティングなどして,首都大の情報とか分析したりするのですか。教員がいなくなるとか,そういう話も
はい。あと,予備校の OB 生が都立大に多くいますので,そういう学生さんと会って今の現状を聞くと,ちょっと可哀想で...
- なるほど。卒業生ともネットワークがあって,各大学の情報を収集しているのですね。
えぇ。
- 大学から,新大学の内容について予備校に説明に来たりということはあるのですか。
いえ,まったくありません。
- えっ,まったくですか。それだと,学生は新大学の情報について不足しませんか。
はい。私どもが得ている情報を予備校の新聞などに書こうとしたのですが,都に問い合わせをしたら,まだ不確定なことが多いので情報を出すのはとりあえず止めておいてほしいと言われて
- えっ,本当ですか。
はい。」

というなかなか臨場感あふれるインタビューが紹介されていた。この調査結果についての「非就任者の会」の分析は次のようなものである。
「以上から次のことがわかった。

1)首都大学東京の偏差値は,都立大学と比較してかなり下がっている。
2)しかし,受験者数はセンター試験で点を取れなかった学生が雪崩れ込むため,それなりの数になるかもしれない。
3)とはいえ,首都大学東京の評判は予備校でも悪い。
4)首都大学東京がクビ大【kubidai】と呼ばれていることは,予備校関係者でも周知の事実のようだ

全国の受験生のみなさん,やはり受験校はくれぐれも慎重に選ぶのが良いのではなかろうか。」

「クビ大」というのは「イシハラの言うことをきかないやつはクビだい」というところからつけられた愛称とのことであるが、「シュト大」と「クビ大」とどちらが最終的に略称として定着するかもまた興味をもってみつめてゆきたい論点の一つである。
以上で首都大東京の出願状況についての中間報告を終えたいと思う。
この件についての論及は大学関係者以外からも多かった、その中で首都大東京が高等教育の「成功事例」となるであろうという予見をされる方は一人もいなかった。ゼロ。
教育というのはつねづね申し上げているように、ある種の「幻想」をビルトインするかたちでしか機能しない。
そこに行けば、何か素晴らしいことがあるのではないかという(しばしば根拠を欠いた)思い込みが若者たちをして教育の場へ足を向けさせる。
「数値」によってひとは学びを動機づけられるわけではない。「幻想」によって衝き動かされるのである。
その意味で首都大東京は十分に誘惑的な幻想の醸成には失敗したと私は思う。
この先、都がれほどの投資を行って教育研究環境を整備しても、一度失われた「ブランドイメージ」を回復するには最低10年を要するであろう。
その間も18歳人口は減少を続ける。
志願者減とそれによる教育水準の低下と市場による前代未聞の大学淘汰圧に10年間耐え続けるためには、大学人としての熱い理想と連帯感が必要である。
いまの首都大スタッフにそれが共有されているという判断に与することのできる人はおそらくほとんど存在しないであろう。
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