はしご学会

2004-12-06 lundi

週末は学会が二つ。
土曜日は日本イスラエル文化研究会関西研究例会(神戸女学院大学)。
日曜日は大学教育学会(立教大学)で、東京まで日帰り出張。
スケジュール的にはタイトな週末であったが、学会そのものはどちらもたいへんに面白かった。
日本イスラエル文化研究会は、はたから見ると「ちょっとマッド」な会であるが、実際の構成メンバーはそれぞれ聖書学、歴史学、言語学、人類学、文学、医学などの錚々たる専門家の方々ばかりである。
私はここにかれこれ20年ほど所属しており、この研究会で学んだ「耳学問」が私のユダヤ学の hidden curriculum をなしていると申し上げて過言でないのである。
この学会のよいところは、私たちの日常生活にまるで関係のないようにおもわれる時代、関係のない場所、関係のない人々の出来事を微に入り細を穿って考究することである。
この徹底したデタッチメントというスキームが逆に私たちがいかにローカルな経験枠組みの中でものを眺めているのかを思い知らせてくれる。
今回のテーマは長田浩彰会員がエドウィン・ゴルドマンというナチ第三帝国下の「キリスト教ユダヤ人」の民族アイデンティティについての研究。屋山久美子会員が「シラート・ハバカショート」(シナゴーグでアレッポ系ユダヤ人たちが安息日に朗唱する嘆願歌)の研究。
どちらもまことに「コア」な研究である。
しかし、大変に面白かった。
1935年のニュルンベルク法で第三帝国のユダヤ人たちは公職追放や集合住宅への移住、アーリア人との婚姻や性交渉の禁止といった差別待遇を受けるわけであるが、このときに「キリスト教徒に改宗したユダヤ人と「キリスト教徒のドイツ人」夫婦、そのキリスト教徒の子どもたちのような「中間的存在」はどのような社会的処遇を受け、また彼らの民族的アイデンティティはどのように揺れ動いたのか・・・というのが長田先生の発表である。
意外なことに、彼らの多くは自分たちを差別するナチの人種政策をあくまで支持し続けたのである。
その国家への法外な忠誠によって、「ユダヤ人」カテゴリーからの解放がもたらされると信じて。
屋山先生は音楽民族学あるいは音楽人類学という領域の方である。
エルサレムに腰を据えて、シナゴーグに通い詰めて、無数のバカショート(たいへん覚えやすいヘブライ語であるので、特殊な術語であるにもかかわらず、会の終了までには全員がこの単語を覚えてしまった)を採譜した屋山先生は、このユダヤ教の典礼音楽が「サビ」のところ(ソロシンガーのきかせどころ)にモロッコ、シリア、エジプト、トルコなどの「はやりうた」の旋法が入れ込んであって、そのような外的要素の取り込みによってバカショートが絶えざる変容を遂げている「生きた伝統」であることを豊富な映像資料や音源を駆使して論証してくれた。
私たちはユダヤ人とアラブ人の非妥協的対立という政治的準位での構図に慣れているけれど、言い古されたことばだが、「音楽に国境はない」のである。
Imagine thereユs no country (@John Lennon)
心温まる話であった。
学会後は、西宮北口「大龍門」にて懇親会。
石川耕一郎、宮澤正典、大内幸一、中田一郎、高尾千津子といった懐かしい会員のみなさんと久闊を叙すとともに、このたび不肖ウチダが『文學界』に「私家版ユダヤ文化論」を書くけれども、浅学非才による誤報誤伝についてはあらかじめ土下座してお詫び申し上げますとご挨拶をする。
あらかじめ誤記を詫びて土下座するくらいなら、きちんと勉強して正しいことを書けばよろしいのであるが、それができるくらいなら私だって何の苦労もありはしないのである。
日曜の大学教育学会はうってかわって、たいへんにシリアスかつビジネスライクな学会であり、われわれ大学人にとって焦眉の急であるところのPD問題(professional development)と中教審の審議報告「高等教育のグランドデザイン」に示された大学の機能分化と教養教育の再構築についての徹底論議が行われる。
シンポジウムに登壇された方々はみなさん実に歯切れのよいプレゼンテーションを行う。聴いていて、ほとんど生理的快感を覚えるほどである。
人文系の学会では絶えて経験することのない種類の「ドライブ感」がある。
自己評価委員長になってから、この種のシンポジウムやセミナーにずいぶん出たけれど、理科系の論客って、ほんとに「地頭」(「じとう」じゃなくて「じあたま」と読む(@ハヤナギ))がいいなあ。
ただ一日シンポジウムを聴いたけれど、得られた結論は「ま、各大学のみなさん、自分の頭で判断して、自己責任で決めなさい。ラディカルな混乱期を生き抜くにはマニュアルもガイドラインもありゃあせんのですよ」という「それなら私にもわかっておりますが・・・」的なものであった。
でも、「わかんねーもんはわかんねーよ」と歯切れよく言って頂くと、こちらも安心は安心である。
この学会には自己評価委員会の渡部先生と大学事務長の東松さんも参加してくれていた。お二人は前日からである。まことにご苦労なことである。
夕方終わって、別の列車で帰る東松さんと別れて、渡部先生と新幹線に乗り込み、ビール、ウイスキー、ワインなどを喫しつつ、学会総括ならびに本学の将来構想などについて引き続きたいへんまじめな議論を行う。
こうして大変忙しい週末が終わる。
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