マルクスと片山恭一を読む

2004-11-05 vendredi

終日仕事。『私家版ユダヤ文化論』(仮題)の「ユダヤ人の解放」という項目を書いているうちに、マルクスの「ユダヤ人問題に寄せて」の内容を祖述する必要が生じる。
マルクスの書き物は要約することがたいへん困難である。
マルクスのエクリチュールの魅力は、その論理の飛躍にあるからである。
レヴィ=ストロースは原稿を書く前には、マルクスを取り出して(たしか『ルイ・ナポレオンのブリュメール18日』)、その天馬空を行くようなロジックを服用して、一発決めてから書き出すとどこかに書いていた。
マルクスの決めのフレーズを二つ三つ引用して済ませようと思ったのだが、その決めのフレーズ間の理路が一筋縄ではゆかない。
しかたがないので、こまごまと祖述しているうちに、話がどんどん長くなる。
フランス革命のあとのユダヤ人解放の話をしているつもりが、ユダヤ人解放は社会主義革命抜きには不可能であるという話になってしまった。
困ったなあ。
いつものことではあるが、私の書き物は、つねに「書き過ぎによる理路の混乱」という仕方で破綻するのである。
なんとかせねば。

困っているうちに夕方となり、山本浩二画伯と仕事の打ち合わせをかねて武庫之荘のGLORIAへ。
生ハム、蕪とパプリカの焼野菜(アンチョビソースかけ)、カルパッチオ、イノシシのベーコン、パスタ、白身魚のグリルなどを白、赤ワイン、グラッパなどを喫しつつ平らげる。
きわめて美味である。
美味しいものを食べたら、マルクスのことは忘れて、ちょっとだけ幸せな気分になる。

片山恭一『世界の中心で、愛を叫ぶ』が届いたので、さっそく読む。
たいへん読みやすい小説なので、1時間で読み終わってしまった。
たしかに、『野菊の墓』とレヴィナスがほどよく解け合っている。
こういう暖かい小説に対する少年少女たちの需要が存在しているということは、なかなかしみじみとうれしい話である。
セックスと暴力の場面がまったくなく、主人公ふたりが学級委員で、ちゃんと試験前にはこつこつ勉強するという設定に私は好感を持った。
長谷川法世の『博多っ子純情』にどこか雰囲気が似ているなあと思っていたら、片山さんは福岡の人であった。なるほど。

業務連絡!
ひさしぶりに甲野善紀先生の講習会が神戸女学院で開かれます。
先生の最近の術(「追い越し禁止」の術理と命名された由)が間近に見られます。
学外のみなさんもどうぞふるってご参会下さい。
とき:11月19日(金)午後1時半より午後4時(くらい)
ところ:神戸女学院大学岡田山ロッジ2F練習室
参加費用:2000円(学外者のみ。学生生徒教職員OGのみなさんは無料です)。甲野先生に投げられたり極められたり押さえ込まれたりしたい方はそれなりの格好をしてきてください。
学外からの参加ご希望の方はウチダあてに、「参加希望」のメールをお願いします。
狭い道場なので、先着20名様に限らせて頂きます。(すでに赤星くんから「予約」が入ったので、あと19名)
お申し込みは
uchida@tatsuru.com
宛にお願いします。
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