ダース・ベイダー vs 弾丸坊主

2004-10-14 jeudi

朝起きると眼の下にくろぐろと隈ができていた。
8時間半寝たはずだけれど、まだ体の芯が重い。
大学行政にかかわることに時間を使うと、疲れが澱のようにたまって険悪な表情になる。
それはこと組織問題になると、必ずウチダの「フォース」の「ダークサイド」が露出するからである。
私はこの「ダークサイド」の扱いにしばしば困惑する。
「ダークサイド」が出てくると、私の社会的パフォーマンスがぐっと好調になるからである。
アナキン・スカイウォーカーであるときよりもダース・ベイダーであるときの方が強くなるというのは、ジョージ・ルーカスの言うとおりである。
大学行政にかかわる問題になると、私としても戦闘力を上げるしかない。
しかたなく、一日「ダース・ベイダー」をやっていたら疲れてしまったのである。
ハイド氏になった翌日のジキル博士の気鬱な目覚めのような後味の悪い感じである。
秋には来年度の大学行政の執行部の選挙がある。
これまで「ウチダのような猛悪な人間には権力を委ねてはならない」という同僚諸氏のご賢察によって、私は大学行政に無縁の人間でいられた。
ぜひ今秋の選挙も無事に逃げ切りたいものである。
昨日の教員研修会では精一杯「権力的で冷酷な行政官僚ぶり」をアピールしたので、「ダース・ベイダーをそういうポストに就けると恐怖政治が始まるのではないか…」という印象を同僚諸氏は強く抱かれたかと思う。
まことにご懸念の通りである。
そうなることはほとんど火を見るより明らかと申し上げてよろしいかと思う。
選挙にあたって同僚諸氏が賢明なご判断をされることを祈念してご挨拶に代えさせて頂くのである。

ひさしぶりの休日なので、掃除、洗濯、アイロンかけなどをして、たまった手紙に返事を書く。
E阪歯科に行く。奥歯の根本的治療は年明けからということになり、しばらくお休み。
午後は『ダカーポ』のインタビュー。東京からわざわざ二人の編集者が取材にお越しになる。
なにも、遠路はるばる来なくても…
特集は「バカ論」というもので、「バカの本質規定を」というなかなかむずかしいご質問を受ける。
「バカ」というのは実定的な資質ではなくて、ある種の「状況」のことであるという思いつきを語る。
1時間半ほどおしゃべりをしてから、お二人とも私の本の読者だというので、未読の拙著三冊を差し上げて、そこにネコマンガをさらさらと書く。

家に戻ると『他者と死者』が届いている。
三日ほど前に 『裸者と裸者』という小説が発売になった。
ノーマン・メイラーの小説のタイトルを真似た本が同じ週に二冊出るというのも、不思議なシンクロニシティである。
『他者と死者』は山本浩二画伯の装幀がたいへん美しい。
これまでの彼の装幀の中でベストかもしれない。
ソファに寝ころんで読んでみる。
原稿を書いているとき推敲のとき、校正のときとで、おそらく十数回読んでいるはずであるが、不思議なもので読み出すと「この話は、これからどうなるのか…」とどきどきしてしまう。
ずいぶん強引な展開のようにも思えるけれど、ラカンとレヴィナスの言っていることが、だんだんシンクロしてくるあたりはなかなかスリリングである。
とくにラカンの理論は『エクリ』冒頭の一文にすべて書いてあるという断定に驚く。
あの、そんなこと気楽に断定しちゃっていいんですか? ウチダ先生。
と思わず不安になってしまったが、後の方を読むと、それなりに強引につじつまが合わせてある。
きっとダース・ベイダー化しているときに書いた部分なのであろう。

突発的にカレーが食べたくなったので、今年最後の「夏野菜カレー」を作る。
カレー制作中にたいへんおぞましい事件が起きたのであるが、あまりにおぞましい事件であったので、ただちに記憶から抹殺する。
一度作ったカレーを全部棄てて、再度作り直しを行う(こういうとき階下がスーパーだと便利だ)。
今度はすべての調味料を点検しつつ慎重に制作し、たいへん美味なカレーができる。

満腹したので、チョウ・ユン・ファの『バレットモンク』を見る。
原題はBulletproof Monk(耐弾丸性僧侶)であるが、コピーには「弾丸坊主」と書いてある。
じゃあ、Waterproof watch は「水時計」か?
ヨミウリのT口さんによると、最近は映画会社の意向で、邦題にうるさいクレームがつくので、配給会社も面倒くさくなって、原題のままカタカナ表記にして「これでいんでしょ、これで。ふん」と投げ捨てるようにタイトルを付けているそうである。
でも『バレットモンク』じゃ意味不明だろう。
いいじゃないか『弾丸坊主』。好きだよ、私は、こっちの方が。
Bulletproof というと『荒野の七人』のクリス(ユル・ブリンナー)であるが、これはたしかにある種の人間には備わった才能なのである。どういう才能かというと…
おっと、これは次の朝日カルチャーセンターの「つかみ」に使うことにするので、こんなところに書いてしまうわけにはゆかないのである。
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