邪神の午後

2004-09-21 mardi

合気道秋合宿無事終了。
例年になく暑い合宿だったけれど、参加者38名は過去最高。
現役学生はモリカワ主将以下16名。
かなぴょん、エグッチ、岸田さん、ウッキーと歴代主将が顔を揃える(ヤベッチはコロセウム前で自動車事故にあったために今回は不参加。ミネソタで休養中らしい)
最近一大勢力となりつつある芦屋男子部の面々も全員が参加して強烈なプレゼンスをアピールした。
名色高原ホテルは今回われわれのために「バーベキューハウス」を新築してくれた。
初日はまだ時差ボケが抜けず、午後8時にすでに就寝体制に入ったために師範命令によって「宴会はなし」を一方的に宣言。

二日目は無事に昇段級審査も終わり、みなさんご機嫌でバーベキューをむさぼり喰い、ビールを痛飲。たちまち放歌高吟談論風発落花狼藉の宴会モードとなる。
宴会終了宣言後も、和平に反対する一部過激派の諸君は後方支援なき焼酎痛飲戦線での無謀なゲリラ戦に突入した。翌日、戦線のスポークスマンからは「損害は軽微であり、士気には何の影響もない」との声明がなされたが、予想外の強靱な抵抗に遭遇し、I田先生の肝臓方面には相当の被害が出たものと推察される。
今回の合宿での昇段者は “ドクター” 佐藤。晴れて栄光の「ザ・ブラックベルツ」入りを果たし、1年生7名と3年生2名、芦屋組の “株屋の美女2号” 谷尾さんとともに「ザ・ハカマーズ」メンバーとなった(ぱちぱち)。
これで、芦屋男子組からの昇段者は石田 “社長” に続いて二人目。
このほかウチダの「フランス人弟子第一号」であるところのブルーノ・シャルトンくんも今回推薦での初段昇段が内定している。
“社長” 石田、“ドクター” 佐藤、“IT秘書” がんちゃん、“パリ市警” ブルーノくんの黒帯四人を相手の演武を来夏芦屋でやってみるかな。これ、けっこう愉しそうだね。

22日から仕事始め。
夏休みはもう終わってしまったのだ。
この夏休みの間には「今日は何もすることがないなあ、プールでも行って、ワルター・ワンダレイの『サマーサンバ』を聴いて、日向でビール呑んで、ヘミングウェイでも読もうかな」というような日が一日もなかった。
そういう日ばっかりだった夏もむかしはあったのに(しくしく)。
どうしてこんなに忙しくなってしまったのだろう。
電話やファックスやメールで次々と仕事の依頼が来る。どんどん断る。
断りたくないけれど、どうやりくりしても時間の都合がつきそうもないから仕方がない。
9月最終週から11月第一週のあいだはわが人生最多忙の一月になりそうで、いまから想像するだけで気が滅入ってくる。
果たして生きて霜月を迎えることができるのであろうか。
『はじめての精神科』の春日武彦先生と対談しませんかというオッファーが医学書院から来る。これは「もちろん!」と快諾。
筑摩書房のY崎さんからは「ちくまプリマー新書」の創刊イベントとして、私とあの! H本Oむ先生との対談の企画があるというメールが来て、これは快諾などという以前に腰を抜かす。
こういう企画は話だけで実現しないことが多いけれど、(石川茂樹くんと私の “ふたりナイアガラー” がダンボ耳聴き手の「O瀧A一:ロング・インタビュー」も幻の企画に終わったし)、お話があっただけで「いい夢をみさせていただいた」ウチダはとてもハッピーなのである。
そういえば、昔、新潮社の「カンヅメホテル」でH本先生と村上春樹さんが同時期に数日をともに過ごされたという話をエッセイで読んだことがある。
H本先生は夜行性で、村上さんは人も知る「早寝早起き」なので、村上さんが朝ご飯を食べに食堂におりるときに、就寝に向かうH本先生とすれ違う。
「エコロジカル・ニッチが違う人なのね」というふうに村上さんは思ったそうであるが、現代を代表する二大作家の出会いの一瞬を関川夏央と谷口ジローのマンガで私は読みたかった。
私の「五大文学アイドル」というのは村上春樹・村上龍・高橋源一郎・矢作俊彦・橋本治なのである。この五人の中では「ダブル村上」と「高橋・矢作組」に個人的交流があることが知られているが、あとの組み合わせはあまり見た記憶がない。
「村上春樹・高橋源一郎 阪神間キッズの『芦屋って、パン屋多いですよね(ベンツも)』対談」を『ミーツ』でどうかね。大迫くん企画書を書いてみたら?その号だけで30万部はいくぞ。

今日は大学院の秋季入試。
朝起きて、今日やる仕事をメモに書き出す。
A4の用紙が一杯になる。
数えたら21項目あった。
短いものは10分程度で済むが、長いのは1時間くらいを要する。
それ以外に、メモしなくても絶対に忘れない仕事(院試の監督とか採点とか面接とか研究科委員会とか大学院博士後期課程の申請の相談とか学長との教員研修会の打ち合わせなど)がある。
こういう状態で「ウチダくんは頼んだ用事をなかなかやってくれない」と文句を言う人がいるけれど、そんなこと言われてもさ。
パリのホテルで60ユーロ貸した少年から1万円と塩昆布を送ってくる。
帰国二日前の朝早くにホテルのレセプションから部屋に電話がかかってきて、「日本人の旅行者が困っているので、ちょっと降りてきてくれ」という。
何かしらと思ったら、若い兄弟がホテルの支払いをカードでしようとしたら限度額を超えてしまって40ユーロ足りないのだという。残りの現金がシャルルドゴール空港までの電車賃15ユーロしかないので、清算できない。飛行機の時間は迫ってくるし…と半べそ状態である。
「そういうことはおじさんに任せておきなさい」と40ユーロと空港でのお茶代20ユーロをお貸しして、「そのうち返してね」と名刺をお渡ししておいたのである。
ついでに説教もちゃんとした。「ジャック・ニコラウスは『出かけるときは、忘れずに』とアメックスのカードを持って出たが、クレジットカードは『これは使えません』といわれたら、それっきりである。旅には(腹巻きに)現金。これが大人のジョーシキである。よろしく拳々服膺するように」
さいわい律儀な青年で、「けっ、60ユーロぽっちのことで、説教かましやがって」というふうにはならずに、ちゃんと大学宛に1万円と塩昆布を送ってきたのである。
60ユーロといえば8000円ほど。それが1万円と塩昆布。「わらしべ長者」的展開である。
青年からのメールによると、ホテルの受付のおじさんに「親切そうな日本人がいるから、その人に頼んでみたら」と言われたそうである。
朝夕クールかつニヒルに「ボンジュール」と言って足ばやにロビーを横切る私を見ただけで(話しかけられるとフランス語を語らねばならぬので、それをできるだけ回避していたのである)、「親切そうなおじさん」であることを看破したラ・トゥール・ノートルダムのレセプショニストの眼力恐るべし。
これでは「邪道道主」の看板を下ろさねばならぬではないか。
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