テレビのニュースをつけたら、北京の若者が口を尖らせて「日本は侵略行為を反省していないんだから、ブーイングされて当たり前だ」と偉そうな顔をしてテレビカメラに向かっていた。
違うチャンネルでは石原慎太郎が「民度が低いんだからしょうがないね」と語っていた。
「独裁政権が維持するためには仮想敵をつくらなきゃいけない、それが今回は日本なのだ」とテレビカメラにむかって目をしばたたいていた。
言うことがよく似ているなと私は思った。
ある国のナショナリストとその隣国のナショナリストは言うことがよく似ている。
ある国の職業軍人と敵国の職業軍人のメンタリティがよく似ているとのよく似ている。
この種の人々は、しばしばそのままそっくり「入れ替え可能」であるくらいにお互いによく似ている。
アジアカップの中国での反日ナショナリズムについて私が書いたときに、いろいろな人がコメントしてくれたけれど、こういう問題について考えるとき、私が自分に課している条件はいつも同じである。
それは、「中国の大学でフランス哲学を教えているひとりの功利的ナショナリスト」(「中国的ウチダ」である)を想像してみて、その人の「同意」がとりつけられるように書くということである。
「中国的ウチダ」は人民中国建国二年目に北京で生まれた私自身の「似姿」である。
この人物は文化大革命のときには高校を止めて紅衛兵運動に身を投じて「造反有理」などと呼号して北京の街を走り回ってさんざん大人たちに迷惑をかけ、その後「こういうのって、ちょっとまずよいな」と反省して、大学に戻り、フランス哲学を学んでレヴィナスを知って驚倒し、さらに伝統的な中国武術の名人と出会ってその門人となって、だいぶ人当たりのよい人物となる。同じ頃、開放政策に乗じて少年時代の友人(中国版ヒラカワくんね)と企業を興し、ビジネスを経験し、そのあとやっぱり書斎が愉しいわと大学に戻って教鞭を執って今日に至るという、変わり者の中国人である。
とりあえずそのようなヴァーチャル・キャラクターを想定して、その彼が読んだときに、「そうだよな。オレもそう思うよ」と言ってくれそうなことを選択的に語る、というのが外国とのかかわりについて書くときの私の基本的なスタイルである。
フランスについて書くときも、アメリカについて書くときも、韓国について書くときも、その姿勢は変わらない。
私は「自分と入れ替え可能なひとりの中国人」を探しており、それが必ずいるはずだという信念を支えにして書いている。
「小泉反動政権が統合力を維持するためには仮想敵をつくらなければならない、それが今は中国なのだ」という国際政治理解に基づいて、「そんなマヌーヴァーに踊らされるくらいに日本人は民度が低いのだ」とうそぶいている中国人はいくらもいるだろう。
日本人のナショナリストたちはおそらくそのような「自分と入れ替え可能な中国人ナショナリスト」がいることを知っているし、そのような人間が何を言うかを容易に想像することができるはずである。
なぜなら、それは彼ら自身が中国に生まれていたら、「いかにもいいそうなこと」であるからである。
だが、自分が隣国に生まれたら決して「同意」することができないような言明を自分がしているということについては想像力を節約しているのである。
土曜日は本田秀伸さんのノンタイトル戦があり、大阪府立体育館に応援にゆく。
香川から「地上最強の呉服屋の若旦那・守さん」ご夫妻をはじめ意拳関係者ご一行が来ている。
地元からは飯田先生とウッキーと私。
本田さんが光岡先生に就いて意拳を始めて、そろそろ1年。そのあいだにボクシングスタイルがずいぶん変わった。
世界戦を二度経験している世界ランカーのボクサーが、その技術的な頂点にあって、ボクシングスタイルを変える、というのはたいへんな決断である。
それを平然とやってのけるというのは、本田さんにとっては、一つの試合の勝敗よりも、精密な身体運用と人間のもつ潜在可能性を開花させるための技法の発見の方が優先順位の高い人間的課題だからである。
勝敗よりも、汎用性の高い「生き方の技術」の発見の方を優先させるという点に私は本田さんの知性の健全さを見るのである。
試合終了後の本田秀伸さんと
--------
(2004-08-10 23:03)