重慶でサッカーのアジアカップが行われているが、観客の反日感情がずいぶん盛り上がっている。
昨日のヨルダンとのPK戦でも、日本選手が蹴るたびに大ブーイング、ミスすると大喝采。
国歌演奏に対してブーイングするというのはマナーとして納得がいかないとジーコ監督が批判的なコメントを出していた。
でも、サッカーで観客のマナーが悪いのはほんらいニュースになるような話ではない。
アウェーで応援するとき、サポーターは「命がけ」、熱狂的なファンに「負けたのはおまえのせいだ」と撃ち殺された選手もいるし、中米ではサッカーから戦争が始まったこともある。
サッカーの観客にマナーを期待するのははなから筋違いである。
サッカーというのはもともと「そういうもの」だし、だからこそ人類学的に深い必然性を持って機能しており、見る人を熱狂させもするのである。
今回の重慶では日本のサポーターが日本の勝利が決まって日の丸を取り出して歓声を上げたら、まわりの中国人観客がゴミを投げつけて「帰れ、帰れ」と罵倒をあびせたそうである。
この程度のマナーの悪さはアウェーなら許容範囲内のできことだろう。
問題は、サッカー観客のマナーの悪さにあるのではなく、中国が「アウェー」だということにある。
直接の原因として朝日新聞が挙げていたのは、昨年8月チチハルで旧日本軍が遺棄した化学兵器で死傷事故が起きたこと、9月に珠海で日本人による集団買春事件があったこと、10月に西安で日本人留学生が卑猥な寸劇を演じたこと、尖閣列島の領有問題など。そのたびに中国では大規模な反日デモが繰り広げられた。
さきの江沢民主席は、6年前の来日のときに歴史認識問題について執拗な言及を行い、結果的に日中の外交関係の進展に強いブレーキをかけた。
「日本軍国主義は両国人民の共通の敵だ」という懐かしいワーディングで歴史問題を論じたが、これはいくらなんでも隣国のイデオロギー的状況の認識としては単純すぎるだろう。
日中戦争の被害者数についても、1960年代までは被害者総数1000万人とされていたのが、80年代に2100万となり、90年代には3500万人になった。
日中間で「歴史認識問題」と呼ばれているものは、事実の水準の問題ではなく、主に政治の(あえていえば幻想の)水準の問題である。
02年に国家主席となった胡錦濤は、「歴史認識問題を一番重要とするのではなく、適切に位置づけるよう調整した」と明言し、江沢民の強硬姿勢を現実的な方向に転換した。
この政策転換は、江沢民の政治的影響力を排除するための、今度は胡錦濤の側の内政向けのマヌーヴァーでもあるわけだから、日本はこれを中国全体の政策転換の徴候と手放しで喜ぶわけにもゆかない。
中国はこれからも外交の現実的政策としては日本とのパートナーシップを重視してゆくだろう。それは中国外務省きっての知日派である王毅(六カ国協議の仕切りをみても、いかにも能吏)を駐日大使に任命したことからも推察できる。
その一方で、チベット、ウイグル、モンゴル、満州では依然として不穏な動きがあり、驚異的な経済長の裏では、深刻な社会的格差が生じている(沿海部の驚異的な経済成長に比べて、内陸部特に農村地域の所得は低い。貴州省の平均所得は上海の8%にすぎない)。
この所得格差で13億の国民に「国民としての一体感を持て」といっても無理である。
所得格差に顕在化した国内の分裂の動きを押さえ込むために江沢民は「禁じ手」のナショナリズムカードを切った。
そして、江沢民時代の集中的な「愛国・反日教育」の成果で、現在の20-30代は日本に対してかなりイデオロギー的にコントロールされた敵対感情を扶植されている。
個人的には不愉快なことだが、かりにもしこの反日教育のせいで、江沢民時代に中国国内の政治的安定が保たれたという事実があるとすれば、日本はそれによって不利益よりもむしろ利益を得たと考えることもできる。
私はむしろそういうふうに考えようと思う。
中国が統御不能になったら、どれほどのリスクを周辺地域は負うことになるか、これはほとんど想像を絶している。
中国が効果的に統治されていて、13億の人心が安定していること、これが日本人である私が隣国に望む第一のことである。
「反日教育」が中国国民の一体化「幻想」の涵養に資するところが大きく、結果的に中国国内の政治的安定に寄与するものであったなら、私はこれを支持しても構わない。
イデオロギッシュな反日教育の影響で日本人が中国人に憎まれる方が、中国が統治不能になるより、日本人にとってはずっと「まし」な事態だからである。
それに、重慶は歴史的にも「アウェー」だ。
サッカー場で日の丸振ったらゴミをぶつけられるくらいのことは重慶では、我慢しなくちゃいけない。
なにしろ日本軍が200回の空爆で26000人の市民を殺した街なんだから。
まさか、そのことを知らずにサッカーの応援に行った日本人はいないと思うけど・・・
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(2004-08-01 12:51)