座頭市な日々

2004-07-18 dimanche

『街場の現代思想』のパブリシティのあり方について苦言を呈したところ、ミシマくんからメールが来た。
彼には彼の切ない事情というものがあったのである。
ウチダの一方的な言い分をのせてしまって申し訳ない。

その1
社内的には、コピーは比較的好評で(中には大絶賛してくれる人もいたり)したし、ミシマくんにはそれなりの成算があった上での選択であったそうである。
コメントにも「ナイーブな読者さん」からコピーの成果についての証言があったので、これについては陳謝させていただきたい。

その2
ミシマくんは、名前の下のスペースに肩書きを入れようとしてくれたのだが、「レイアウト上(隣の書籍とのバランスを考慮して)、ダメだと営業から言われたのです。何度交渉してもダメでした」ということであった。
そうか、そんなにがんばってくれたのか、ミシマくん、ごめんね。悪いのは営業なんだ。

東京都内でも、ずいぶん本探しに手間取った方々がいたようである。
浜松のすーさんも本が手に入らず、アマゾンに頼んだら「4―6週間かかります」というご返事だったそうである。
なんだか気の毒である。
たいした本じゃないんだけれど、それでも「読みたいのに読めない」というときのいらいら感はよくわかる。
去年デヴィッド・リンチの『ツインピークス』のTVシリーズを見始めたとき、続きが見たくて気が狂いそうになり、雨の中 TSUTAYA を走り回ったことがある(結果的には香川の守さんが LD をどかんと送ってくれたのでなきを得たのである。守さん、その節はありがとうございました)。
先日、兄ちゃんも『冬のソナタ』の続きがみたくて、気が狂いそうになり、千代田区の TSUTAYA にまで在庫の確認の電話をかけたそうである(お住まいは世田谷区なのに)。
私も先日新幹線の中にトレヴェニアンの『ワイオミングの惨劇』を忘れてしまった。
中央線に乗り換えてから、続きを読もうと思って鞄から取り出そうとしたときに、新幹線の座席の前のネットのところに押し込んだまま出てきたことを思い出した。
それほど面白い本だとも思っていなかったのだけれど、「読みたいけれど読めない」という状況になった瞬間にこめかみが熱くなるほど読みたくなってきた。
人間というのはそういうものらしい。

マーロン・ブランドが死んだので、アマゾンでマーロン・ブランドの映画で未見のものを大量に発注する。
前から見たかった『ミズーリ・ブレイク』も DVD 化されている。
『キル・ビル』の DVD を買ったので、エンドクレジットをじっくりスローで再生していたら、やっぱり special thanks to のところに Shintaro Katsu の文字があった。
そうじゃないかと思っていたのだ。
『キル・ビル』は深作欣二に捧げる映画だけれど、三隅研次『子連れ狼・三途の川の乳母車』(製作勝新太郎)からも大きな影響を受けている(『子連れ狼』シリーズは Shogun Assasin という英題でロジャー・コーマンの手で公開されてアメリカで大ヒットしたのである)し、ユマ・サーマンの青葉屋での立ち回りにはあきらかに『座頭市二段斬り』の殺陣が流用されている。
そうなってくるとやはり『座頭市』全巻が DVD で出ている以上、これも買わないと・・・ということになって発作的にアマゾンに発注してしまう。
どかどかと荷が着いたので、まず『続・座頭市物語』を見る。
思い出しましたよ。
1962年頃、私は大映のプログラムピクチャーが大好きな変な中学生で、『眠狂四郎』と『座頭市』と『忍びの者』と田宮二郎の『犬』シリーズだけは(親の目を盗んで)隣街の鵜ノ木安楽座まで見に行っていたのである。
だから『続・座頭市物語』もリアルタイムで見ているのである。40 年ぶりに見る。
これは天保水滸伝の後日談。
座頭市が飯岡の助五郎(柳永二郎)を斬ってしまうのである。
続いて『新・座頭市物語』。これも子どものときに見ている。
小津安二郎映画でおなじみの須賀不二男が出ている。彼の演じる「安彦の島吉」がすばらしい。アカデミー賞助演男優賞ものである。
大映はキャスティングが濃い。
『座頭市千両首』は島田正吾が国定忠治で、赤城山中にて小松五郎義兼を撫しながら、座頭市相手に大芝居をする。
私たちの年齢はこの「赤城の山も今宵限り」という台詞をそらで言える最後の世代であるが、それは三木のり平の江戸むらさきのTVCMと植木等の『面倒みたよ』の刷り込みのせいであって、島田正吾の忠治を私はこの『座頭市千両首』でしか知らないのである。
しばらくは「座頭市二本立て」の夜が続く。
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