トッドとトクヴィル

2004-04-20 mardi

エマニュエル・トッドの『帝国以後』を読む。
たいへん切れ味のよいアメリカ論である。
イラク戦争の膠着に徴候的に見られるアメリカの世界戦略の根本的な「ボタンのかけ違え」の構造がきちんと指摘されている。
私もおおすじでトッドと同意見である。
国際社会の急務は次のことばに集約される。

「アメリカの凋落というものをすべての国にとって最善のやり方で管理すること」

トッドはフランス人らしいエッジの効いた論法を用いるが、その一つは「真実の反対は真実にきわめて近い」という経験則である。
たとえばアメリカがあれほど自分のプレザンスを強調するのは、「アメリカの無用性」についてワシントンが基本的な不安を持っているからだという指摘はまことに正鵠を射ていると私も思う。

「1992年2月、クリントン政府の国務長官、マドレーン・オルブライトは、イラクへのミサイル発射を正当化しようとした際、アメリカ合衆国を不可欠な国として定義した。(…) アメリカ合衆国が不可欠であると公式に確言するというのは、地球にとってアメリカ合衆国が有用かということが問題になっているということである。」

「アメリカは世界にとって必要なのか?」という不安は建国以来のトラウマとしてアメリカに取り憑いている。
考えてみると、このアメリカ人の vulnerability(傷つきやすさ)についてはすでに170年前にアレクシス・トクヴィルが指摘していたことであった。
アメリカ人に向かっては決してアメリカの悪口を言ってはならない、とトクヴィルは警告している。

「アメリカ人は自国のすべての事件に関与しているから、アメリカの受ける批判はすべて弁護しなければならぬと信じている。攻撃されているのは国だけではなく、彼自身だからである。
 日常の交際において、アメリカ人のこの挑発的な愛国心ほどやっかいなものはない。異国人はアメリカのことを十分にほめるのに異存はあるまいが、いくらか批判させてもらいたい点もあろう。しかし、それは絶対にだめである。
 アメリカはまさに自由の国であるが、異国人がそこで誰も傷つけないようにするには、個人、国家についても、被支配者、支配者についても、公共の事業、私企業についても、結局おそらく気候と風土を除いて、出会うすべてのものについて自由に語ってはならない。」(『アメリカのデモクラシー』)

トクヴィルがアメリカを旅行していたのは、ちょうどアンドルー・ジャクソン大統領の時代であった。
この歴史上もっとも「アメリカ的な」大統領について青年は次のような人物批評を下している。

「ジャクソン大統領は、アメリカ人が統領として二度選んだ人物であるが、その性格は粗暴で、能力は中程度である。彼の全経歴に、自由な人民を治めるために必要な資質を証明するものは何もない。また、連邦の開明された階層の多数もつねに彼に反対であった。彼を大統領の地位につけ、いまなおその地位を維持させているものは何か。」

トクヴィルはそれを「二十年前、彼がニューオリンズの城壁の下でかちえた戦勝の思い出」であるとしている。
トクヴィルにいわせれば「きわめてふつうの戦闘」にすぎないこの局地的な戦功によってジャクソンは伝説化した。
それは、アメリカが地政学的に世界でもっとも安全な国であるがゆえに、戦争も、侵略も、征服も恐れる必要がなく、その結果アメリカ国民は「真の軍事的栄光」(もちろんここでトクヴィルが念頭に置いているのはナポレオンのことだ)というものを見たことがないからである。
だからこそ「きわめてふつう」の局地戦の指揮官を軍事的天才と見間違ってしまったのである。
「真実の反対は真実にきわめて近い」という経験則はこのフランス青年の推論の仕方にもあてはまりそうである。
なるほど。
今回のアメリカ大統領の予備選挙でも、候補者がどのような「軍歴」を有しているかがであるかが論議された。
はなやかな軍歴と統治者としての才能の間にはかならずや直接的な連関があるという信憑は、ジャクソン時代からずっとアメリカの有権者のうちに深く根づいているようである。
それにしてもわずか10ヶ月のアメリカ旅行(ボストンからメンフィス、デトロイトからニューオリンズまでの大半が騎馬での旅)での見聞から、この26歳の青年貴族は次のような結論をもって旅行記の筆を擱いたのである。

「今日、地球上に二大国民があり、出発点を異にしながら、同一の目的に向かっている。(…) その起点は異なり、とる途は違うが、それでも、おのおの、秘められた天意により、いつの日か、その手に世界の半分の運命を握るべく召されているかに見える。」

トクヴィルが「いつの日か、その手に世界の半分の運命を握る」であろうと予見したのは、アメリカ人とロシア人である。
おそるべき炯眼。
いま、150年後の国際関係についてこれほど適切な予測を立てることのできる知性が存在するだろうか?
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