東京出張物語

2004-04-15 jeudi

13日(火)は東京に業務出張。
まず市ヶ谷の私学会館に「特色ある大学教育支援プログラム」の第二回目の申請をしにゆく。
週末に西田昌司先生のお手を煩わせて、たいへんロジカルにして端正な申請書類が完成した。
私が書いた原案と西田先生の完成稿を読み比べると、両者の知的資質の違いがよく分かる。
ウチダがでたらめで西田先生のエクリチュールには節度がある、ということではなく(それもあるが)、私が「自分のよく知らないこと」を書きたいという欲望を抑制できないのに対して、西田先生は「自分が熟知していることだけ」を選択的に書こうとしているということが際だった差異として感知されたのである(というような「よくわかってないこと」をじゃらじゃら書いてしまうのがウチダ的エクリチュールの特徴なのね)。
ともあれ、無事に申請書類が提出できた。
長時間にわたって協議に参加し、データをあつめ、知恵を絞ってくださったWGのみなさんにお礼を申し上げます。みなさんどうもありがとうございました。おかげでなんとか申請できました。
行きの新幹線で偶然同じ車両に、文部科学省に行く人間科学部の高畑事務長と溝口さんがいて、そのまま隣に座り込む。
高畑さんも事情通なので、ふたりでいろいろと情報交換をして、「あれがこうなのは、じつはこれがああだからなんですよ」「ほうほう」と3時間にわたって「おばさんトーク」にふける。
市ヶ谷に申請したあと、ただちに神田一橋に移動。一橋ホールで「大学機関別認証評価にかかわるシンポジウム」にでかける。
こんなことを書いても、おそらく本学教職員でも意味が分からない方が多いであろうが、実は二週間前に学校教育法が改定されて、今年からすべての国公私立大学は認証評価機関による評価を受けることが義務づけられたのである。
法令だけが先行して、まだ認証評価機関そのものは試行段階である。
これまでは大学基準協会が加盟判定審査と会員校の相互評価を行ってきた(本学も2000年に基準協会の相互評価を受けて、「ちゃんとした大学である」というお墨付きを頂いた。その書類作りが第二次自己評価委員会までのメインのお仕事だったのである)。
だが、基準協会は任意団体であるし、組織の規模からしても、日本全国702校の大学全部の認証評価を法令が定めた7年間の期限内に片づけるだけの能力がない。
そこで、国立の大学評価・学位授与機構が評価認証機関の中核となり、これに私大協の「日本私立大学評価機構」が続き、とりあえず三つの評価機関が連携してことにあたることになったのである(私大評価機構はまだ財団法人申請中)。
評価というのは要するに「教育の品質について、国際的通用性のある規格を定め、うちの大学はそのグローバル・スタンダードをクリアーしてます」という「検印」を受けるということである。
もちろん、こんな国際規格が問題になってきた背景には、日本の大学生のあっと驚くほどの学力低下がある。
現在の日本の大学二年生の平均的な学力は、おそらく50年前の中学三年生の平均学力といい勝負、というあたりではないかと思われる。
まあ、平均寿命が延びているのだから、いまの20歳が半世紀前の15歳とイーブンというのでも、べつに国内的にはそう換算していれば誰も困らないのであるが、国際的にはいささか体面が悪い。
というわけで、「おたく、ちゃんと子どもに基礎的なこと、教えてますか?」ということをチェックするために、教育活動を重点的に大学評価を行うことになったのである。
困ったものである。
こういうふうにしてどんどん大学の仕事がふえてゆくのであるが、いいたかないけど、これはほんらい大学の責任ではない。
初等中等教育がきちんと機能してないので、そのツケを大学が払っているのである。
おそらくこれからあとの大学評価の中心的なチェックポイントは「導入教育」システムの整備ということになるだろう。
「導入教育」というのは、要するに「中学英語の文法が分からない学生、分数の計算ができない学生、カール・マルクスとグルーチョ・マルクスの区別ができない学生、矛盾を無純と書く学生」のような方々を「なんとかする」ための予備的教育を補習するということである。
そうやってどんどん大学教員の仕事はふえてゆくのであるが、いいたかないけれど、ほんらいこれは大学教員の仕事じゃないのよ。
しかし、愚痴を言っても始まらない。
がっくりと肩を落としてシンポジウム会場をあとにして、徒歩3分の学士会館に投宿。
夕方、「文春のヤマちゃん」(旧姓・カドカワのヤマちゃん)が迎えに来る。
文春のご接待でイタリアンを食するのである。
『レヴィナス入門』と『ユダヤ文化論入門』と『おじさんの系譜学』をそのうち書くことになっている(らしい)。
そっちのほう、どうなってますか・・・という斥候作業をかねてのご会食である。
ご接待であるから、生ハムを囓り、チーズを舐め、魚をせせり、パスタを啜り、ワインを飲むのに忙しくて、仕事の話はシカトを決め込む。
そのうちにヤマちゃんが懸案の『性愛論』に話を振ってくる。
セックスとかエロスとかいうテーマで一般論を書くことにはあまり意味がないと私は思っている。
「そんなの人の好きずきじゃん」でよろしいではないか。
そう申し上げたのであるが、ヤマちゃんにはそれなりに切ない事情があるようで、どうやら読者に読ませるというより、まずご自身がお読みになりたいようである。
では、というので口からでまかせに、いろいろとお話する。
最初はふんふんと人の話を聞いていたのだが、そのうちやおら手帖を取り出してぐいぐいとメモを始めた。
手帖にメモするような話とは思われないが・・・

学士会館で目覚めて、歩いて五分の神保町のTXTIDEに遊びに行く。
テクスタイドは松下正己くんがアーバンから独立して起業した編集プロダクションである。
私はその会社の筆頭株主なので、創業半年の営業内容のチェックと財務内容の点検に伺ったのである。
しかし、松下くんと話し出すと、例によって、ぜんぜんビジネスの話にはならない。
1時間ほどおしゃべりで仕事の邪魔をしてから辞去して新幹線で芦屋に戻る。
ああ、疲れた。
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