おしごと、一丁上がり

2004-04-11 dimanche

ようやくNTT出版の『街場の現代思想―基礎教養編』の初稿が上がる。
「ありものコンピレーション」なので、もっと早く出来上がるはずだったのであるが、なにしろ『困難な自由』の翻訳の詰めはあるし、医学書院からゲラが来るし、『他者と死者』はクライマックスだし、授業は始まるし、COLの申請書類は書かなきゃいけないし(書きましたよ、二日で20枚)、そのあいだにいろいろなメディアからどかどか原稿依頼はあるしで、とても手が回らなかったのである。
ほとんど養鶏場のブロイラーのような状態で原稿を書いている。
これで「筆が荒れた」とか「推敲が足りない」とか言われたら、私は泣くぞ。
実際、推敲する時間が絶対的に足りない。
私は一度書いたものをあとからあれこれ書き直すのがけっこう好きなので、たっぷり時間をかけて、いろいろ関連することを調べたりしたいのであるが、出版社からの矢の催促で、そんな悠長な仕事が許されない。
杜撰な仕事を乱発すれば、結局は自分で自分の首を絞めることになるのであるが、編集者に首を絞められているのとどっちが楽かというと、やっぱり自分で自分の首を絞めるほうが、手加減できるだけ楽なのである。
しかし、こんなめちゃくちゃなペースで本を書いてしまって、ほんとうのよいのであろうか。
私の程度の書き手なんていくらもいるわけであるから、書くもののクオリティが下がってしまえば、仕事はぱたりと来なくなるのは火を見るより明らかである。
あ、そうか。そうすればまた死ぬほど暇な日々が戻ってくるんだ。
なんだ、そうだったのか。
その手があるのを忘れていたよ。
忙しい忙しいと言いながら、身を削って何とか少しでもいいものをと思う心が仇だったのだ。
そんなことをしていたら、仕事が減るはずがないではないないか。
かといって、「じゃあ手を抜こう」ということができないのが、ミドルクラスの哀しい性なんだよね。
そういう「根がまじめ」なところを編集者は全部お見通しなんだろうな。
うう、見透かされていて、くやしい。
とりあえず、『街場の現代思想』が今年に入って、最初の「脱稿」である。
あとは『困難な自由』の翻訳のチェックを済ませて、『他者と死者』を書き上げて、『死と身体』のゲラのチェックを仕上げて・・・これで4冊。
それから『東京ファイティングキッズ』と『インターネット持仏堂』を打ち上げて・・・これで6冊。
ラカン・ヒッチッコックの翻訳が出て(鈴木先生、終わりました?)、これで7冊。
ちくま新書の『先生はえらい!』を書いて、8冊。
池上先生との対談本『ライトタイム・ライトプレイス』を仕上げて、9冊。
『現代思想のパフォーマンス』の新書改訂版を書き直して、10冊。
名越先生との対談本も出ちゃうから、11冊。
『ユダヤ文化論入門』と岩波の『クロノキネジア』(というかっこいい題名を思いついた。「時間=運動態」ね)を書いたら・・・13冊。
ううむ。すごい。
全部出たら、狂気の沙汰だ。
というところに柴田元幸先生からご本が届く。
柴田先生の出版ペースもはんぱじゃない。
もう今年になって3冊ご本を頂いた。
とてもじゃないけど、読むのがおいつかない。
くやしいから「私は今年9冊本を出す予定です。シバタ先生には負けないぞー」という子どもの喧嘩のようなお礼を申し上げる。

NTT本が書き終わったので、ばたばたと長田の上田能楽堂へでかける。
上田拓司先生のところの会。
『融』の舞囃子が出るので、下川先生に「参考のために、ちょっとほかの素人会も見ておきなさい」と言われたので、見学に伺ったのである。
自分が舞台に出ているような気分がして、見ているだけで、どきどきしてしまう。
最後は上田家のジュニア4名の競演による能『土蜘蛛』。
いちばん小さい女の子がじつにかわいくて、謡もなんだか気分よさそうで、いい調子である。
シテはご長男。「千筋の糸」をばんばん飛ばす後ジテの動きはさすが若いだけあって軽快そのもの。
こういうスペクタキュラーな能もよいものである。
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