9月27日

2003-09-27 samedi

桜台合気道クラブ創立10周年記念祝賀会。

桜台合気道クラブは自由が丘道場の先輩、今崎正敏師範の主宰される道場である。
今崎先輩は私とは学年は1コ違いであるが、武蔵工大合気道部のご出身であるので、キャリアは私より7年上となる。
先輩は温厚にして篤実、そして、たいへんスマートな方であり、私は自由が丘時代から親しく私淑してきた「人生の先輩」である。

今崎先輩とどれほど長い時間を稽古や稽古後の宴会やもろもろの会議やイベントでごいっしょしたかカウントできないが、その27年のご交遊の中で、私は一度として今崎先輩が怒ったところを見たことがない。誰かの責任をことあげしたり、言い訳をしたり、愚痴をこぼしたことも見たことがない。
先輩はいつも真っ黒い顔に機嫌のよい笑顔をたたえて、多田先生に仕え、先輩を立て、後輩を気遣い、お弟子たちを優しく指導してきた。

笹本猛先輩と、この今崎正敏先輩は私にとって「自由が丘道場の母性的部分」を代表する方々である(ということはもちろん、「父権的・抑圧的」パーツもちゃんと担当者がいるのである。O田さんとか、K堀さんとか、ウチダとか、ね)。

でも、ひとつの道場が40年余にわたって栄えるためには、今崎さんのような「許し、譲り、、包み、気遣い、慰める」人が絶対に必要なのである。
多田塾という道場がほかのどんな師範の系列道場と比べても親密な組織であるのは、「母性的部分」を担う先輩たちに傑物が揃っていたことが与って大きいと私は思っている。

私が今崎先輩から教えて頂いたことのうちで、いちばん印象深い言葉をご紹介しよう。
今崎先輩はミラノの行っている間に建築事務所でインテリアデザイナーの仕事をしながら多田先生のお手伝いをされていた。
「でもね、ウチダさん。イタリア人て、ときどき大きいのがいるの。190センチ、100キロなんていうのが。それががばっと両手で握ってこられると、なかなか技なんかかからないんだよね」
「ふむふむ」
「でもね、絶対に技がかかる秘密の方法があるんだよ」
「え、先輩! どうするんですか?」
「オトモダチになるの」

私はこの今崎先輩の言葉に虚を衝かれた。
合気道とはひとりひとりの蔵する命の力を最大化し、それを宇宙の摂理にかなうように正しく用いるための、総合的な「生き方の術」である。
多田先生は繰り返しそう教えておられる。
その原理に照らしたときに、今崎先輩の「オトモダチになるの」という戦略はこれ以上ない、「ベストの選択」というほかない。

「天下無敵」と言う。
その言葉を私たちは「どんな敵に出会っても、戦って勝つ」という意味であると因習的に理解している。
しかし「無敵」の本義は「敵がいない」ということなのである。
敵がいなければ、戦うも勝つ必要もない。

今崎先輩は言葉も十分に通じない異国の道場に身を投じたときに、瞬時にして、相手のうちに「この人とオトモダチになりたい。この人と気分よく合気道の技をかけあって、コミュニケーションしたい!」という欲望を点火することができたのである。
他者の欲望に点火する、というような芸当は、ただへらへらしていればできる、というものではない。
今崎先輩の腕を最初に握ったイタリア人は「けっ、日本から来たって、なんぼのもんじゃい」というようなアグレッシヴな気分でいたに違いない。
そのような攻撃的な気分を解除するためにはそのイタリア人(仮にウンベルトと呼ぼう)の心の中に次のような思考の流れが一秒間のあいだになければならない。
「なんぼのもんじゃ・・・あ・・・・やばい。こいつ、けっこう強いわ。うかつなこと仕掛けるときつい返し技来そうな気がするな・・・やだなー。こまったなあ。どうしよう。デル=ピエロもロベルトもこっち見てるしなあ。こまっちゃったな。あれ、この日本人、にこにこしてる。なんだか親切そうな感じだなあ。平気なのかなあ。こっちの技もきれいに受けてくれるみたいな感じがするなあ・・・とりあえずオトモダチになっちゃとこかな。とりあえずだけど」
というような思考の流れがウンベルトの中に存在したのではないか、とウチダは想像をたくましくするのである。
言うのは簡単であるが、「こういう気分」を見ず知らずの他者のうちに、出会い頭に醸成するというのは、たいへんに高度な技術なのであり、駆け出しの武道家のよくなしうることではない。
私は今崎先輩の「オトモダチ」戦略を聞いたときに、(それまでも、先輩の切れ味のよい技には深い敬意をいだいていたのであるが)「この先輩はホンモノだ」と深く確信したのである。
爾来、ウチダもまた「オトモダチ」戦略を全方面的に展開していることはご案内の通りである。
それは「なめんなよ」と「はいほー」という矛盾したメッセージを同時に発信することによってしか成就されない。
けっこう高度な技なのだよ、これが。

祝賀会の主賓はもちろん多田先生である。
乾杯の音頭は稲門合気道会の若林さん(早稲田大学合気道会の初代主将)。武蔵工大で今崎先輩と同期の関本部指導部師範からご挨拶を頂き、自由が丘の「大御所」亀井格一師範、多田塾の「官房長官」坪井威樹師範、北総の山田博信師範、武蔵工大合気道部初代主将、奈良県支部の窪田育弘師範という「多田塾四天王」がそれぞれに心のこもった挨拶をしてくださった。
来週は多田先生と成瀬師の「武道とヨーガ」トークがあり、再来週は多田塾合宿であるから、工藤くんはじめ、今日来たほとんどのメンバーとは三週連続で顔を合わせることになる。
多田先生ともけっこう長い時間お話できたし、ひさしぶりにかなぴょんとも会ったし、内古閑くんから新婚生活の様子もうかがったし、雑賀さん(少し痩せた?)、北澤さん(さらに痩せた?)、鍵和田くん、工藤くん、井上くんら気錬会の諸君とも久闊を叙すことができた。(ツッチーはこういう「道衣以外のものを来てひとが集まる場」には来ないらしい、残念ながら)。しかし、なぜか(うちの合宿でもここでも)「不在のツッチー」をめぐる話題は妙に盛り上がる。けだし人徳。
笹本さん、岡田さん、小野寺さん、小堀さん、浅井くん、西田くんら、自由が丘の旧友ともあえた。
日帰り横浜というタイトなスケジュールではあったが、たいへんに有意義な一日ではありました。
では、諸君、また来週!