9月9日

2003-09-09 mardi

満月の夜に、火星が大接近。なんだかロマンティックな夜空。
今日は東京で、念願の「高橋源一郎さんとご飯」の会である。
仕切り役は晶文社の安藤さん。表参道のスパイラル・カフェにて、高橋さんと、めっちゃキュートなそのご令嬢、橋本麻里さんとお会いする。(ライターである橋本さん Brutus の取材をかねていたので、カフェの分はマガジンハウスの「ご接待」。ただし取材の相手は私じゃなくて「お父さん」なので、私のシャンペンは「飲み逃げ」である。ごちそうさま)
安藤さんはここにるんちゃんも招いて「シングル・ファーザーズ&ドーターズ」のバトルトークというわけのわかんないイベントをひそかに妄想されていたようである(怖いことを考える人である)。
高橋源一郎さんは、私の旧友竹信悦夫くんの灘校時代の「ツレ」であり、私は大学時代の竹信くんの「ツレ」である。
同一人物の少年時代の「遊び相手」であったわけであるから、キャラ的にある種の共通性があることは蓋然性の高い推理なのであるが、会ってみるまでは、どんな方だか分からないよね。
もちろん、タカハシさんは想像通りの、想像以上に「タカハシさん」であった。
ウチダはデビュー以来の高橋さんのファンである。
その高橋さんに、朝日新聞で『女は何を欲望するか』の書評を書いて頂いた上に、『ため倫』にすてきな「解説」を書いて頂いた。
私は「お返し」(じゃないけど)に『現代詩手帖』の高橋源一郎特集に「史上最強の批評装置・タカハシさん」という一文を寄せさせて頂いたけれども、それではとても謝意を満たすには足りない。
というわけで安藤さんのご厚意に甘えて、晶文社の経費で高橋さんご父子をご接待するという暴挙に出たのである。
高橋さんと私は同学年、あの「ストリート・ファイティング・キッズ」の同窓生である。
この世代は、「えー、あのとき、君もあそこにいたの?」的な偶然の邂逅機会がたいへん多いので、「なんだなんだそーかそーか」で名刺交換の儀礼があらかた済んでしまうという点が便利なのである。
高橋さんは灘校、私は日比谷高校という進学校でいろいろとトラブルサムな少年時代を過ごし、69年の大雪の日に京大入試を受けて、奇しくも二人とも落ちちゃったのである。
高橋さんが落ちたのは数学のいちばん簡単な問題を考えすぎて、40点損したせいだということをうかがった。(私は大雪のせいで京阪電車が止まって、2時間遅刻して吹きさらしの廊下でがたがた震えながら受験したのである)。
もし、わずかな偶然の違いで、あの年に二人とも京大に受かっていたら、その後のそれぞれの人生はずいぶん変わったものになっていたような気がする。
3時間近く、青山のイタリアンレストランで歓談。
「ねえ、あれは、ほんとうはどういうことだったんですか?」というウチダの大好きなミーハー的「文壇裏話」をたっぷり聞かせて頂き、(とくに二人ともファンの矢作俊彦がなぜ文壇的にまったく評価されないのかについて、悲憤慷慨)たいへんに愉快な時を過ごしたのであった。

ここで神戸女学院の学生諸君にヨコロビのお知らせ!
高橋源一郎さんにダメもとで集中講義のお願いをしたら、なんと快諾して下さったのである。
来年の7月なら本学に来ていただけるそうである。
タカハシゲンイチロウさんに日本文学の集中講義をしてもらえるとは・・・学生諸君、よかったね。
何でも頼んでみるものである。
とはいえ、ウチダは独断で日本文学のカリキュラムを決定できるような立場にはないので、これから根回しというものをしなければならない。学部に適当な空きコマがなければ、大学院の比較文化学での開講ということになる。
何はともあれ、ありがたいことである。
次はぜひ鎌倉の高橋さん宅におじゃまして、ごいっしょに歩いて1分のところの鈴木晶先生宅を急襲し、鈴木先生の秘蔵のシャンペンを飲み倒し、手料理をごちそうになりましょう、と固く約束して表参道でお別れする。
本日たいへん印象に残った高橋先生のお言葉:

スタートはいつもフライング。

さすが日本を代表する文学者のお言葉は深遠だね。

学士会館で爆睡。
一夜明けて、モーニングコーヒーを飲みに秋葉原へ出勤途中の平川くんが立ち寄る。学士会館のカフェで久闊を叙したのち、本ホームページで近日より新連載の「東京ストリート・ファイティング・キッズ」の打ち合わせをする。
釈先生と「インターネット持仏堂」、晶文社では甲野善紀先生との「インターネット・ヴァーチャル対談」というものを進めているので、これで同時並行「三本連載」ということになる。
しかし、みなさん全然領域の違う方々なので、話題が「かぶる」ということはない。
平川君とは国際派ビジネスマンの眼から見た世界と日本社会について、鋭い切り込みを期待しているのである。
CB400Fで秋葉原方面に去る平川君とお別れ。
次は新宿で松下正己君と商談。
松下君はこんど独立してテクスタイドという出版社を神田神保町に起業する。
私はその「出資者」であるので、カレーなど食しつつ、事業計画や資金調達などについてご説明を拝聴する。
しかし、私も松下くんも、ビジネスにはあまり興味がないので、商談は適当に切り上げて、すぐに映画の話になる。
松下くんはギャスパー・ノエの『アレックス』がよいと熱弁をふるい、私は『踊る大捜査線 THE MOVIE 2』はあまりおもしろくなかったが、キムタクの『HERO』と『GOOD LUCK!』は面白かったという話をする。話は例によってさっぱりかみ合わない。デヴィッド・リンチは天才であるという点と、デヴィッド・クローネンバーグは気持ちが悪いという点と、『レッド・ドラゴン』はつまらないという点で、かろうじて意見の一致を見る。
仕事に帰る松下君と別れて、東京駅へ。新幹線で芦屋に戻る。
一日のあいだに「濃い人」三人と会っておしゃべりをしたので、さすがにちょっと疲れたのである。