7月3日

2003-07-03 jeudi

雨がしとしと。低気圧で、頭もぼんやり。身体のキレが悪い。
それでもこりこりとレヴィナス/ラカン論の原稿を書く。
自分の頭で考えたことをてれてれと数十行書いては、『セミネール』をぱらぱらとめくる。
すると必ず、そこに「おおお」とのけぞるような謎めいたフレーズがある。
それを書き抜いて、本文にはめ込む。
はめ込んでみたはいいが、謎めいたままでは困るので、とりあえず「とラカンは書いているが、これを平たく言うと」というふうにパラフレーズする。
平たく言い換えてみると、ラカンは実に驚くべきことを述べているのであるが、その「驚かせ方」には一定のパターンがあることがしだいに分かってくる。
武道的に言うと、ラカンは読者/聴衆の「拍子を外す」。
「拍子を外す」ことの効果は、読者を「絶対的な遅れ」のうちに取り残すことにある。
一度遅れたものはもう二度と追いつくことができない。
なぜなら、「追いつく」という発想をすること自体が「起源における絶対的な遅れ」を不動のものとしてしまうからである。
アキレスと亀と同じである。
俊足のアキレスといえども「亀に追いつく」という発想をする限り、決して亀に追いつくことができない。
ラカンはこの「決して追いつけない境位」に一足で立ち去る術においてほとんど古今無双の達人である。
どうやれば追いつけない境位にわずか一足で走り去れるのか。
これについては『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』で「博士」が「百科事典棒」という不思議なたとえ話で似たことを述べている。
こんな話。

すべての文字をで数字に置き換えるとする。Aは 0、Bは 1 というふうに。すると百科事典のすべての記述は膨大な数字の羅列に置き換えられる。
たとえば、それが 74712595402325987412・・・だったとする。
その数字の最初に小数点を書く。
0.74712595402325987412・・・
桁数はほとんど無限に続く。
ここで一本の楊枝を取り出す。
楊枝の太い方の端を0、細い方の端を1.0と名づける。すると、楊枝の真ん中が0.5になる。
そこに刻み目をいれておく。
すると、百科事典はまるごと、その楊枝の真ん中から先端までのある点に書き込まれることになる。

これは一つの考え方である。
量を無限の拡がりの中に展開することよってでなく、限られた空間を無限に細かく分割することで表現しようと考えること、それが「亀の狡知」である。
ラカンが絶対に追いつけない人であるのは、彼がどこかで「亀仙人」になったからである。
というわけで、この二日ほどはパソコンの前でコーヒーを飲みながら、「ラカンはどこで亀になったのか?」ということをぼんやりと考えている。

疲れてきたので、合気道のお稽古にゆく。
体育の授業の合気道は今日でおしまいである。(来週まで授業はあるのだが、来週は公務出張のため休講)
みなさん、なんだか名残惜しそうである。後期の杖道にもぜひ登録してくださいね。
そのまま合気道のお稽古に入る。
新入部員がわさわさといて、たいへんな混雑ぶりである。
ここでも、「拍子に乗る」「拍子を外す」ということを集中的に稽古する。
ラカンと合気道で同じテーマを考究している学者はおそらく世界広しといえども、決して多くはおらないであろう。

ぼろぼろになって帰宅。
ビールを呑んで、野菜炒めを作って食べて、それから食後の腹ごなしに『呪いの研究』を読む。
怖くなってきたので、気分転換に木下恵介の『喜びも悲しみも幾歳月』を見る。
見るのは二度目であるが、ずいぶん昔に見たので、ほとんど忘れていた。
佐田啓二はいつものまま。(うつむくと中井貴一にじつによく似ている。芸風もそことなく)
高峰秀子の台詞回しはなんだかすごく懐かしい感じがする。
昭和の途中まで、東京の「おばさん」たちはみんなあんなふうにちょっと気負い込んだしゃべり方をしていた。(杉村春子もそうだったし、うちの母親も若い頃はそうだったような気がする)
話し方というのも時代とともに変わるのである。(当たり前だが)
田村高広、中村賀津雄、仲谷昇があまりに若いので、最初のうちは誰だか分からなかった。
北竜二が出てきて、いつものままの芝居をする。
この人はいったいどういう来歴で映画俳優なんかになったのであろう。
後期の小津安二郎映画が諧謔性と都会性を獲得したのは、ひとえに北竜二の功績であったと私は考えている。(『晩春』の三島雅夫の役や『麦秋』の宮口精二の役を北竜二がやったら、映画の印象は一変していただろう)
こういう大人の役を演じることのできる大人の俳優はもう今はいない。