6月4日

2003-06-04 mercredi

昨夜は演習のあと、院生諸君と軽くビールを飲むつもりが、ウッキーにアスパラを持ってきた「株屋の美女」小林女史、(院生たちに熱狂的ファンを獲得した)ドクター佐藤、さらには仕事帰りの江編集長までもが参加されて、「プチ宴会」のはずが「怒濤の宴会」となってしまった。
お酒を飲むときはつねに「今日はほどほどにしておこう」という決意とともに飲み始めるのであるが、盃を重ねるにつれて、そのような決意は必ずやあとかたもなくかき消えてしまうのである。
酔っぱらうときの最初の徴候が「酔っぱらうことについての自制の念」の消滅であるというのが飲酒という習慣の最大の難点なのであるが、寡聞にして古来この難問を解いた人のあることを知らない。

というわけで、よろよろ起床する。
本来であれば、オフの水曜日には早朝からきちきちと明窓浄机に端座して、締切の近い原稿をかたはしから書き上げる予定であったのであるが、脳がぼわんとしているので仕事にならない。
パソコンを立ち上げるとメールが27通来ている。そのうち早急の返信を要するもの9通に返信をしたためるとすでに日は中天にかかっている。
二日酔いのときは「大量の液体を含む食物」を身体が欲するので、とりあえずおそばを食べる。
おそばを食べたら眠くなってきたので、ベッドに戻って昼寝。
一時間の昼寝を終えるとさすがに頭がだいぶまともに機能し始めたので、筑摩書房から頼まれている内田百鬼園先生の文庫版集成の「あとがき」のためにゲラを読む。
実に面白い。
わくわくしながら読み進むうちに三宅先生とのお約束の刻限となる。

今日は大阪の曲直部クリニックで膝のレントゲンを撮って貰う約束である。
三宅先生運転の車で本町へ。
レントゲンを見ると右膝の半月板の損傷はほとんど消えている。嚢腫もない。
「膝は問題ないですね。もうどんな運動をされても大丈夫です」と曲直部先生に太鼓判を押して貰う。
やれやれありがたや。これで来年からは極楽スキーに復帰できる。
二年前に右膝を痛めたときには、外科医から「もう一生運動をしてはいけません」と宣告されたのであるが、曲直部先生のご診断では、医者の禁止命令を無視して合気の稽古を続けていたせいで、膝への負担を減らすために腿の筋肉が発達したのがかえってよかったのかもしれません、ということであった。
もちろん、直接の理由は三宅先生の三軸修正法の劇的効果である。
三宅先生にお礼を申し上げつつ芦屋まで送っていただく。
まことに「会うべき人」に「会うべきとき」に会えたわけである。
もとはと言えば『寝ながら学べる構造主義』という本を書いたことから始まった三宅先生とのご縁である。そのもとは文春の嶋津さんという名編集者に出会ったことであるし、そのもとは内浦さんが『ためらいの倫理学』を本にしてくれたことであるし、そのもとは増田聡さんがホームページで私の文章を「絶賛」してくれたことにある。
そのさらにもとを辿れば、インターネットの発明やパソコンの発明・・・ということになるわけで、無数の「ご縁」の糸がよりあわさって今日ただいまウチダの膝は回復したのである。
まことにありがたいことである。

感謝の揉み手をしつつ帰宅し、サラダと刺身で夕食を済ませ、阪神の勝利をTVで確認してから、ウィスキー片手に百鬼園先生の「あとがき」をさらさらと書く。
大好きな作家をほめまくる文章を書くというのはまことに愉快である。
それで原稿料が頂けるのであるから、物書き商売もなかなか止められない。

ためらいの倫理学