数日前から左目がごろごろして目やにがどろどろ出てくるので「メバチコ」かしらと思っていた。
「メバチコ」というのは関西の方の表現で、東京では「ものもらい」。
伊藤銀次くんの幻の名曲にちなんで、毎日目やにをほじくりながら「メバチコなんだからー」と歌っていたのであるが、寝ているあいだもぐりぐり痛んでしかたがないので、芦屋市民病院に行く。
眼科の先生に診て貰ったら「結膜結石」というご診断。
「そ、それはたいへんな病気なんでしょうか・・・」と青ざめると、「まぶたの裏側に無数の結石ができて、角膜をごりごり削っているのです」というオソロシイことをいわれる。「ただちに摘抉いたしましょう」
私は中学三年生のときに「トラホーム」というものになったことがある。
「トラホーム」もまぶたの裏側にぐりぐりができる病気なのだが、これは「学校伝染病」に指定されているので、罹患者は都立高校には入学が許されない。必死で受験勉強したのに眼病で落とされたのでは泣くに泣けない。しかたがないので、手術を受けることにした。
これが怖いの。
なにしろ麻酔注射を眼に打つのである。
針が眼球に向かって接近してくるのを「目の当たり」に見ることになるのである。眼をつぶることも、視線をそらすこともあいならない。
痛みはたいしたことはないのであるが、針がぐいぐいと眼に迫ってくるのをリアルタイムで拝見するのは『アンダルシアの犬』じゃないけど、たまらない。
左目をまず手術して、メスでごりごり突起を削る。血の涙を流していたら、「右目はまた明日」と医者がいう。
こんな思いは二度としたくないので、帰宅して母親に「どうだったの?」と訊かれても、「うん、もう終わった」と答えて、翌日は行かなかった。(お母さん、嘘をついてごめんなさい。ウチダがお母さんに嘘をついたのは、あれが最初で最後です。嘘ですけど。)
でも、もう高校入試なんてどうだっていいやと思うくらい怖かったのである。
さいわい、右目は手術しないうちに自然治癒してしまった。(左目も手術するほどのことはなかったのかも)
そのトラホーム・トラウマがあるので、「ただちに摘抉」と聞いて気が遠くなったのであるが、いい年をしたおじさんがドブ板を這ってずり逃げるわけにもゆかぬ。
覚悟を決めていたら、何と麻酔は注射じゃなくて目薬。目薬をぽたんと垂らして、いきなりぐりぐり。
なんだかずいぶんたくさん石が取れたようである。(ぜんぜん痛くなかった)
そのまま抗生物質の目薬をもらって4500円払って、「はい、おしまい」。
鈴木晶先生のお話では、痔の手術もいまでは日帰りだそうである。(20年前は一週間入院した。あまりの激痛に高校時代の悪友ドクタータカハシにモルヒネをばんばん打ってもらってしのいだのであるが、痛みがぶり返すたびに「タカハシくーん、あれ打って」とお願いしたら、「これ以上打つと中毒になっちゃうからダメ」とつれないことを言われたのである。)
科学技術の進歩には総じて懐疑的なウチダではあるが、医学の進歩が「痛みの軽減」を実現していることについては深甚の感謝をここに表したい。
医者の悪口は当分言いません。
ドクター佐藤もナイスガイなことだし。
(2003-05-08 00:00)