4月9日

2003-04-09 mercredi

朝からごりごりと『ユダヤ文化論』のノートを作る。
悪い癖で、ノートと書き出すと止まらなくなってしまう。
すでに50枚を越した。もう長すぎて紀要には載せて貰えない。
「日本における反ユダヤ主義の歴史」という章を今書いているのであるが、まだ四王天延孝も「ふぐ計画」も出てこない。
どれほど長くなってしまうのか。
このあとフランスにおける反ユダヤ主義の起源や、シオニズムの話をはじめたら、どれほどの紙数を要するか、もう見当がつかない。
講義四回分のノートを作ればよいのだが・・・

ひさしぶりにノーマン・コーンの『ユダヤ人世界征服陰謀の神話』(ダイナミックセラーズ)を取り出して引用してみる。
これは私の訳書であるが、なかなか訳文は悪くない。いまの私の文体よりもずっと「きりり」と引き締まっている。(原著そのものも明快なのだが、30代のウチダがいまよりもずっと「きりきり」した人だったせいもある)

続いてデヴィッド・グッドマン、宮澤正典の『ユダヤ人陰謀説』(講談社)を読む。
すると、本文中にコーンの本についての言及があったので注をめくると・・・

「近代フランス哲学を専門にしていて、エマニュエル・レヴィナスの著作を数編翻訳もしている内田樹が翻訳にあたったが、かれから直接聞いた話によれば、版元のダイナミックセラーズはそのホームページは『議定書』を支持する立場から書かれたものと思い込んで翻訳権をとったのだといった。そして内田の反対を押し切って『議定書』を巻末に収録した。」

さすが宮澤先生、内田本人が忘れていることまで、ちゃんとご記憶である。

宮澤先生はは日本イスラエル文化研究会の理事長であり、過去二十年間、この「反ユダヤ主義の生き字引」のような先生に私は深い学恩を蒙っているのである。
共著者のグッドマン先生はイリノイ大学の歴史学の先生。彼は「日本における反ユダヤ主義」研究(コアだなあ)の米国における第一人者である。私はこのグッドマン先生と青山でお茶したことがある。

「反ユダヤ主義」はウチダのもともとの「ホームグラウンド」であるから、ほぼエリア全域についての「マップ」が頭に入っていて、誰がどんなことをして、どの本のどのあたりに何が書いてあるのかということがだいたい分かる。
考えてみたら、私がちゃんとマップできている領域って、「これ」しかないんだ。
ユダヤ関連の論文もずいぶん書いたけれど、イス研(と略すのね)以外では、誰からも評価されなかった。
でも、ドリュモンとかモレス侯爵とかバレスとかモーラスとかいう極右の人たちのテクストをこりこりと読んできたおかげで、ティエリ・モーニエつながりでモーリス・ブランショの王党派イデオロギーというものの正体が知れて、それが「『文学はいかにして可能か?』のもう一つの読解可能性」というウチダの「出世作」に結実したわけであるから、あの古本繙読趣味もあながち無駄ではなかったのである。

今回、総文の現代国際文化コースでは新科目「ユダヤ文化論」を開講することになったのだが、それは総文には飯謙先生という旧約聖書学の専門家と三杉圭子先生というアメリカユダヤ人文学の専門家がおられるからなのである。
対象領域ばらばらながら、ユダヤの専門家が一学科に三人揃っているというのは非常にレアなことである。
そこで、総文を西日本における「ユダヤ学」の一大拠点にすることはできぬものか、という夢想的計画をある日ウチダは思いついたのである。
今期がその第一回目。三人の四回ずつのリレー講義である。
問題はこんなコアな科目を履修してくれる学生がいるかどうかである。
今日が初日である。
果たして教室には何人の学生が私を待っているのであろうか・・・
けっこう心配。

昨日はクラブ紹介。
杖道会は形を遣える在学生がいないので、私とウッキーが形を見せる。(着杖から物見まで)
ついでに居合の形もお見せする。(私の好きな「逆刀」と「颪」)
今年から杖道会では居合もはじめることにした。居合刀も三本買った。
というわけで、業務連絡:

杖道会はただいま会員募集中です。杖、剣の技法に興味のある方、いっしょに研究しましょう。合気道会の諸君は、杖と剣が使えないと体術がうまくならないから、月曜の稽古にも来るように。(まじだぜ)