3月26日

2003-03-26 mercredi

西谷修・鵜飼哲・宇野邦一『アメリカ・宗教・戦争』を読む。

アメリカの政策決定や世論形成のプロセスは歴史的に形成された「病」の徴候であり、「グローバル」という形容詞が「アメリカン」の同義語であることは今や「常識」になりつつある。
どうして「こんなこと」になったのか、それについてきちんとした説明が聞きたいものだと思っていたが、この本ではアメリカにおける「宗教」のあり方からそれを説明している箇所が興味深かった。
一つは西谷によるアメリカにおける政教分離はヨーロッパのそれと違うという指摘。

「ヨーロッパの場合、宗教戦争がもとになっています。(...) 信仰は基本的に個人の内面の問題、信念の問題として、それは問わずにおいて、政治は信仰の違う人も一緒に集まっていろいろ議論しましょう、ということになった。それが公共空間で、政治はそこに成り立つ。おおざっぱに言えば、そういう合意が宗教戦争以降のヨーロッパの政治空間を作り出して、その場合は信仰や信条を問わない。(...) ところが、アメリカの場合は、はじめから移民の動機が主として宗教的なものだった。つまり集まってきたひとたちは、信教の自由を求めて、強固に自分たちの宗教共同体を作ろうとした。信教の自由を求めることは、無信仰になることではなくて、むしろ信仰を追求するということですからね。(...) そうすると政治機構というものは、教会を全然排除しているのではなく、むしろそれを前提にしながら、あらゆる教会を平等に扱う。つまり特定の宗派を優遇しないということで、国家と教会の分離です。だから、政治機構体としては、唯一神によって正当化されることは最初から排除していない。むしろそれが前提になっている。」(31-2頁)

「アメリカは起源までたどれば、ヨーロッパ公法秩序から離脱するために建国し、その後ずっと独自路線を歩いてきた国です。一度も他者に浸透されることのない、むしろ自分のところが意味を受け入れ、移民たちによってできたことで、『ここにすでに多様な世界がある』という構造を内部として持っている国で、それが国家の行動をあらかじめ正当化する」(121頁)

要するに、アメリカという国はその成立の原点からして自閉し自己完結した「原理主義国家」であった、ということである。それがあの「閉じた一国性」を支えている。
つまり、国際社会の同意や賛同がなくても「神が我々にはついている」という信仰が全国民レベルで共有されている、というのが西谷の分析である。
これは私には深くうなずける指摘であった。
多様性を内部にあらかじめビルトインしておくと、いくらでも外部を踏みにじることが正当化されるという構造は、アメリカのみならず、あらゆる政治装置に妥当する洞見だろう(私が他人の悪口を言うときの論法もそういえば、そうだった)。
もう一つは、「受苦するものに正義がある」という発想法。これは鵜飼が主張している。

「9・11の凄まじさは、ブッシュが『我々は世界で最も悲惨な犠牲者だ』って大声で言って、この『被害者として万人に認めさせるものが最も強い』という論理はキリスト教から出てくるもので、ニーチェ的に言えば、これこそルサンチマンです。この構えをアメリカが取る以上は、ニーチェが考えている強者ではありえない。」(58頁)

「ワシントンのホロコースト博物館の入り口に、この博物館を訪れた黒人の少女の『これを見てしまったら、私たちが苦しんだなんてもう言えない』という言葉が展示されているそうです。要するに、誰が最も苦しんだかという競争が始まっていて、ユダヤ人のグループにはそれで黒人に勝つということに血道を上げている人々がいる。そのユダヤ人と一緒になって、『私たちこそ一番苦しんでいるんだ』とブッシュは言い、そのことをまた万人に承認させたいと思っている。(...) これはユダヤ教からじゃなくて、キリスト教からしか出てこない。」(66-7頁)

うーむ、なるほどね。
しかし、私にはこの鵜飼の説明はそれほど説得的には思えなかった。
一番迫害されたものが、一番正義に近い、という論理を「万人が認める」ということを多くのアメリカ人が期待しているというのは、ほんとうだろう。
しかし、「万人が承認する」という期待は、その価値観がアメリカ国外でも広くに共有されている場合にしか成立しない。
そして、現にそのような価値観は世界中で共有されている。
パレスチナでも、アフガニスタンでも、イラクでも、アメリカの「敵」たちは「一番迫害されたものが、一番正義に近い」というこのロジックをそのまま使っている。
というか、この「窮民革命論」(@太田竜)の最初のアイディアを言い出したのは『帝国主義』のレーニンだったはずだ(レーニンはそのロジックを使って、革命の主体を「ブルジョワ化したイギリスのプロレタリア」から「大英帝国に収奪されている植民地のプロレタリア」にシフトしてみせたのである)。
となると、このロジックがアメリカのオリジナルであるとか、キリスト教独特のものであるとかいう説明にはいささか無理がありそうな気がする。
最後の「これはユダヤ教じゃなくて、キリスト教からしか出てこない」というのもなんだかよく分からない。
ホロコースト博物館の建設を推進したのはおそらくユダヤ人たちだろうと思う。
そういうことをするのは「ユダヤ教的ではなくキリスト教的」な行為だというのは、どういう論拠によるのだろう。
アメリカのユダヤ人たち「キリスト教化」されている、ということなのだろうか。
何のために?
鵜飼のこの説明を聞いてアメリカのユダヤ人たちはどういうふうに思うだろうか、私にはうまく想像できないが、あまり「その通り!」という答えは返ってきそうもないような気がする。

鵜飼のロジックに「何だかついていけない」ものを感じた上で、改めて西谷の議論を読み返すと、この種の「原理主義」的思考というのも、やはり程度の差はあれ、世界中どこの国にもあるんじゃないかという気になってきた。(だって、「あらゆる政治装置に妥当する洞見」なんだから)
西谷がアメリカに対比しているヨーロッパの政教分離を支えた「公共空間」という概念そのものがヨーロッパだけに誕生した、歴史的にはむしろ「例外的」な事例だったということはないのだろうか。
つまり、この本でアメリカの特殊性を説明するために導き出された「キリスト教」的要因なるものは、原理的には、何だか「世界中どこにでもある」もののように思えてきたのである。

もちろん「世界中どこにでもあるもの」がアメリカにもあって、それが「アメリカの病」の一因であることはありうる。
しかし、ある病因がどうしてこの国ではこのようなかたちで発症し、別の国ではそのようには発症しなかったのか、ということをこれだけ説明するのはまだ無理がありそうだ。
ある病因がとりわけアメリカで発症したのには、アメリカ「だけの」理由がなければならない。
先ほど私は「程度の差はあれ」と書いたけれど、その「程度の差」を生み出したものは何か、という、もっと具体的で、微細なところにも視線を向けないと、その先にはなかなか進めない。
「アメリカの病」には実に多くの、ほとんど無数の複合的な素因があると思う。
それをひとつひとつ腑分けし、分析してゆくことは、とても個人の力量の及ぶところではない。何世代かの学者を動員して共同作業をしないとできないようなスケールの仕事だ。

私はこの十年くらいずっとハリウッド映画を分析的に見てきた。
そのときの分析を導く問いは「アメリカ人はどうして自分が欲望しているものを構造的に見落とすのか?」というものである。
もちろん、私のハリウッドバカ映画分析でアメリカの外交政策決定プロセスを説明できるわけではない。
しかし、こういう細々とした「雪かき仕事」みたいなものを大勢の人が、いろいろば領域で、こつこつと進めてゆくことでしか、「アメリカの病」にはアプローチできないのではないかという気がする。
とりあえず、みんなでがんばりましょう。
あの国を何とかしないと、ほんとに困るからね。