3月15日

2003-03-15 samedi

カリキュラム検討委員会で、「総文学生84人に聞きましたアンケート」の分析を行う。
アンケートの数値をどう読むかというのは、なかなかスリリングなことである。委員たちの意見は同一の数値についても、さまざまである。
「あなた自身は自分の基礎知識についてどういう評価をしていますか?」という設問に対して、84人中59人が「基礎知識に欠けているところもあるが、授業を受ける上では特に支障はない」、12人が「基礎知識に欠けているため、授業を理解できない」と回答した。
これをどう評価するか。
単純に、総文学生の85%は「基礎知識が欠けている」と読むのか。
委員会の結論はそうではない。

「自分に基礎知識が欠けているという自己評価ができるのは、『大学生である以上、これくらいの基礎知識が必要である』という達成目標が理解でき、それと自分の知識情報との落差が計測できた、ということである。そして『授業を受ける上では特に支障がない』ということは、その落差を授業を受けつつ『埋めている』という実感を得ているからである。これは教育が成功している、という数値である」

ものはいいようなのか、それともこれが正解なのか。
他の委員諸君も、なんとなく片づかない顔をしていた。

「政治経済についての知識が足りない」という回答をした学生が90%。
その足りない知識をどう補うかという質問には「新聞・本を熟読玩味することによって」と答えたのがそのうち91%。
なるほど。
しかるに「あなたは新聞の政治経済欄を読みますか?」という問いにYESと答えたのは全体の33%。
うーむ。
政治経済の知識の不足を実感していて、新聞・本を読んでそれを補填しようとしていて、それで、新聞の政治経済欄はお読みにならない?
うーむ。
先生にはよくわかんないよ。
自由記述では「政治経済関係の知識を与える授業を増やして欲しい」という回答がたくさんあった。
それって、自分で新聞を読まない学生さんたちが、授業で「新聞にはこんなことが書いてあるんだよ」と教えて欲しいということなのであろうか。
それって、「新聞読んでも、よくわかんないから」ということなのかな?
うーーーーむ。
困った。

困りつつ、温情会の会場である梅田の阪急インターナショナルへ向かうと、正門前でタクシーが横付けになり、中から院長秘書の黒瀬さんが「おいでおいで」をしている。
今日の温情会では院長の隣に坐りこんで、いろいろと耳に痛いご意見などを具申しようとしていたので、これは「飛んで火に入る夏の虫」状況である。
しかし、院長の温顔を見ると、「ご意見具申」の意欲は萎えて、たちまち「ヨイショのウチダ」と化し、教育トップ100校のWGについて「ウチダ先生、頼りにしてますよ。お願いしますね」と微笑みかけられると、「お任せ下さい。なあに、官僚的作文はウチダの本領でございますからして、大船に乗った気で」。
しかし、こういう全方位的八方美人外交を続けているといずれ天罰が下るな。

温情会では川村先生、岩田先生とやたらにまじめな話をする。
会が終わって、今日の幹事役の難波江先生とホテルのバーで軽く打ち上げ。
ナバちゃんと呑むのも久しぶりであるが、打てば響くというか、一を聞いて十を知るというか、コミュニケーションの実に楽な友人である。
難波江さんとももう十年のお付き合いになるが、なぜか一度として論争をしたことがない。彼も私もいろいろととんがった言動をする人間であるが、このトゲがお互いには決して向かわない。「刺さると痛そう」ということをお互いによく承知しているからかも知れない。

ふらふらと帰宅。
アマゾンで購入した『ツインピークス』ファーストシリーズ全編踏破の続き。
これがエピソード7のラストで、カイル・マクラクラン演じるクーパー捜査官がいきなり銃撃されたとことで「ぷつん」と終わってしまう。
そ、それはないでしょ。
エピソード8はどこなの?
ディスクはもう一枚あるが、これが「特典映像」で、話の続きじゃない。
そ、それはないでしょ。

クーパーさん、どうなっちゃうの? オードリーはお父ちゃんと売春宿で鉢合わせしてどうなっちゃうの? レオは死んだの? ジョシーとハンクはどういう契約交わしたの?
だいたいローラ・パーマーを殺したのは誰なの?

あああああ。
それは、あんまりだよ。
夜が明けるや夙川のTSUTAYAにまで走って『ツイン・ピークス』セカンドシリーズを探すが、影も形もない。
家にとって返してアマゾンで検索するが、VHSはすべて「在庫切れ」、DVDは「未発売」。
ああああああ、どうしたらいいんだ。
パラマウントさん、そりゃあ、ちょっと阿漕じゃないかい。

業務連絡:このホームページの読者の方で、『ツインピークス』のエピソード8以降のソフトをお持ちの方、言い値にて買い入れ・委細面談。

しかし、デヴィッド・リンチは癖になるな。
しかたがないので、アマゾンで『ローラ・パーマー最後の七日間』と『ブルーヴェルベット(無修正版)』を購入(VHSは持ってるんだけどさ)。(TSUTAYAで『ヒドゥン』を借りようかと思ったけれど、もう3回見てるし)

しかし、私は知らなかったけれど、『ツイン・ピークス』って、リチャード・ベイマーとラス・タンブリンが出てるんだよね。
はじめ Richard Beymer というクレジットを見たとき、「同じ名前の俳優がいるんだ・・・」と思っていて、全然気づかないで見ていたけれど、エピソード2でベンジャミン・ホーンが「にこっ」と笑ったとき、「お、おい、君、トニーじゃないの? え? リチャード・・・・ベイマー? 『あのリチャード・ベイマー』なの?」とパニックに陥る。
というのも、『ウェストサイド物語』を見たあと(1962年の夏休みだったなあ)、ジョージ・チャキリスのみならず、甘い二枚目のリチャード・ベイマーの「大きな口」がけっこう気に入っていた私は One hand one heart を中学時代に愛唱していたのである。
ところが、たしか当時の『週間朝日』の映画評の中で、「リチャード・ベイマーは、『ウェストサイド物語』以後、作品に恵まれず、自殺した」という記事を読んだ記憶があるのである。
現に、それからあと40年間、私はかなり忠実なハリウッド映画ヴューアーであったにもかかわらず、一度としてスクリーンでリチャード・ベイマーに出会わなかった。
そして、その後も繰り返し『ウェストサイド物語』を見る度に、「リチャード・ベイマー、自殺しちゃったんだよね」と嘆息していたのである。
それが『ツインピークス』をごろごろ見ているうちに、「あれ???? この大口は? この人畜無害な笑顔は???」という「ありえない」想定にパニクったのである。
しかし、デヴィッド・リンチも不思議なキャスティングをする人である。
リチャード・ベイマーとラス・タンブリンを同じ作品に招くとは。
だって、トニーとリフだよ。
「死ぬときはいっしょだぜ、兄弟」の花田秀次郎と風間重吉だよ。
で、この二人が出会う場面がないの。(エピソード7までは、少なくとも)
どうなってしまうのであろうか。
おそらく、このあと、この二人には「ふかーい因縁がある」という展開になるはずである。(当然だよね。私がシナリオライターだったら、絶対そうする)

「やあトニー」
「お、リフ」
「ひさしぶりだね」
「ああ、あの高架下以来かな、あれは1960・・・」
「1961年だよ」
「あのときベルナルドに刺された傷は?」
「うん、まだ梅雨になるとじくじく痛むけどね、トニーは、どうしてたの?」
「うん、チコの一発が心臓にきちゃったからね。ま、あとが大変で。リフは、あれから医学部行ったの?」
「似合わないだろ? 東宝映画に出稼ぎに行ったり、ま、いろいろ苦労もあったけど。トニーは?」
「やっぱ金じゃん。世の中さ。で,ハーヴァードのビジネススクール夜間で出てさ(嘘)、逆玉でホテルのオーナーよ」
「お前、ワルくなったなあ」
「だって、マリアはあれからロバート・ワグナーと結婚しちゃうしさ。で死んじゃうだろ。ヨットで」
「そうそう、あれ気の毒だったよな」
「あれでもう、どうでもよくなっちゃってさ、ははは」
「ははは、でもさ、ツインピークスのガキどもってさ、ちょっと『ジェット団』ぽくない? ボビーとマイクがおれたちでさ、ジェームスとがベルナルドでレオがチコ?」
「あ、それありかも。二人とも髪黒いし、ちょっとアジア入ってるし」
「デヴィッド・リンチも『ウェストサイド』見て育ったってことだね」
「でも、このネタで笑えるやつって、1950年代だけだよね」
「そーだねー」(以下延々と続く)