1月12日

2003-01-12 dimanche

土曜は芦屋の稽古始めと鏡開き。
稽古のあと、我が家に集合して、シャンペンで乾杯ののち、ぜんざいを食し、雪中梅を御神酒に頂き、めでたく新年の稽古始めを言祝ぐ。
暮れの納会に来られなかった国分シェフと鵜野先生も今回は参加。
本会も急速な多様化を遂げている。
神戸女学院合気道会は学生だけの会として出発したが、すぐにOG、教職員が参加するようになり、やがて会員の友だちとか、地域社会のみなさんへと会員がふえていった。
会員の多様化にともなって、合気道会のあり方も術技そのものもずいぶん質的に変化を遂げた。
というわけで鏡開きの宴会はいつもの学生院生教員に加えて、ソムリエ、シェフ、内科医、など多彩な職業の人が集って、たいへん多様な話題が展開したのであった。

夜になってるんちゃんが帰宅。
芦屋市の成人式に出るための一時帰郷なのであるが、インフルエンザに罹患して、熱を出してダウンしてしまった。さいわいお医者さんの佐藤さんがその場にいてくれたので、診断してもらう。一晩でおさまるだろうというお見立て。
しばらくるんちゃんのそばにつきそって氷枕などをあてがう。娘の看病をするのはひさしぶりのことである。
なんだか昔みたいだ。

11時ころにみなさんお帰りになる。
橘さんは土曜日の夜なのにジャックを臨時休業してしまったことになる。
ハンター坂をのぼってジャックまで行って「げ、休みだ」とびっくりされたお客さんにはたいへん申し訳ないことをした。

12日は東京で仕事。
病気のるんちゃんをひとり御影の家に置いて、新幹線の人となる。
なんだかるんちゃんの風邪がうつったようで、ちょっと微熱が出てくる。
ぼおっと眠ったまま東京駅へ。
とりあえず渋谷の東武ホテルに投宿して、6時半から、ホテルのティールームで、高校生のためのメールマガジンの取材をうける。
自立とか自己決定とか大人になるとかロールモデルとか、そういう話である。
いろいろなところで同じような質問を受ける。ということは、そういう話に対する社会的需要があるということなのだろう。だが、どうして私がそういう質問を受けるのか、その理由がよく分からない。
私はぜんぜんスタンドアローンな人間ではなく、きちんとお給料を頂いている宮仕えの身である。
現代ではレアな「師匠持ち」であり、弟子という依存的ポジションにいることをたいへん快適だと思っている人間である。
ものを決めるときは自己決定などせず、まず「お師匠さまであったら、こんなときどう判断するだろう」ということを想像してみる。
ひとびとがもめているときにも快刀乱麻を断つような決断を下すことなど思いもよらず、いろいろなお方の主張に耳を傾け、「ま、キムジョンイルさんにも、お立場というものがあるわな」的に無原則な調整をすることを得意芸としている組織内人間である。
こんな人間に「何を聞くねん」と思うのであるが、明日もFM東京から同じような「成人式特集」番組のための取材がある。
不思議である。
インタビューの最後に、若者たちにひとこと、というリクエストがあったので、多田先生の請け売りで、「胆力をつける」ということを申し上げる。

「胆力」というのは簡単に言えば「びっくりしない」ということである。
生物は「びっくりする」とその身体能力が急激に低下する。感覚も判断力も想像力もすべて鈍磨する。
弱い動物の場合は、びっくりしただけで死んでしまうことがある。
だから「驚かない」ということは生物の生存戦略上たいへんたいせつなことなのである。
では、どうやったら「驚かない」ようになるのか。
これが矛盾しているように聞こえるであろうが、「驚く」ことによってなのである。
「知性とは驚く能力のことである」というのはロラン・バルトの名言である。
「驚かない」というのは要するに知性が鈍感だということである。
自分の手持ちのフレームワークにしがみつき、どんな新奇なことに遭遇しても、既知に還元して説明しようとする人間は、その狭隘なたこつぼから一生出ることがない。
その反対に、日常的に経験するあたりまえの事象のうちに「ん? なんか、変じゃない?」というふうにひっかかりを感知し、あらゆることのうちに驚きのタネを見つけることができる知性の方ができはずっと上等だ。
「驚かない」人間はどんどん鈍感になり、「既知」のうちに安んじる。
「驚く」人間は自分の周囲にたえず「未知」を発見してわくわくする。
さて、命にかかわるような大事件が起きたときに、適切に対処できるのはどちらだろう。
もちろん「驚く」ことに慣れている人間である。
この人にとって「驚く」ことは主体的な営みである。自ら選んだ世界へのかかわり方である。
驚きに対して、能動的なのである。
だから、「驚く人は、驚かされない」。
ひごろ驚かない人は、その鈍重で堅固なフレームワークが「壊れる」まで、変化に気づかない。そして、何の準備もないまま、いきなり想像を絶した命がけの事件に直面することになるのである。
だから、「驚かない人は、驚かされる」のである。
胆力をつけるために私たちは武道の稽古をしている。
武道の稽古というのは命がけの局面というものを想定して、そういうときに心身はどういうふうに反応するかをシミュレートするものである。
つまり、極限的な「驚き」の状況に繰り返し繰り返し体をなじませてゆくことなのである。
驚く経験を主体的に探求することによって、驚かされない心身を作り上げること。
それが多田先生のおっしゃっている「胆力をつける」ということの意味だと私は勝手に解釈している。
胆力がある人間というのは、ぼけっとした鈍感な人間のことではない。
世界の唐突な崩壊、自分の生命の不意の終わりを、当然の可能性としてつねに勘定に入れている、想像力に富んだ人間のことなのである。

というようなことを話す。
高校生にはちょっとむずかしい注文だったかもしれない。

インタビューが終わって部屋で一休みしてから徒歩5分のNHKへ出勤。
ラジオセンターのスタジオはたいへんカジュアルで居心地のよい空間である。
早めについたのでぼやっと待っていると、甲野先生が松聲館の中島章夫さん、岩淵輝さん、そしてドクター名越とともに下駄音もたからかに登場。大阪の名越先生までスタジオに遊びに来るとは思ってもいなかったので、びっくり。
晶文社の安藤さんと足立さんも登場。足立さんは田中聡さんの新刊『不安定だから強い・武術家甲野善紀の世界』が刷り上がったので、それを甲野先生にお届けに来たのである。安藤さんは甲野先生と私の対談をふくらませて晶文社から本を出すという企画があるので、そのお仕事がらみである。
ギャラリーが5人もいて、みんなモニターで聴いているし、ガラス越しに笑っている様子が見えるので、すっかりこちらもリラックスして、いつもと同じ調子で甲野先生のお話に相づちをうつ。
ほんとうは「ほうほう」とか「ふむふむ」と言っていればよいのであるが、ラジオ深夜便は聴取者200万人ということであるので、あまり芸がないと今後の書籍売り上げにも関係するので、ときどき「私が思うには・・・」というようなコメントを挟んでみる。甲野先生お話の腰を折ってごめんなさい。
70分ほどの放送が終わって、プロデューサーの角井さんとみんなで渋谷の終夜営業のバリ島風居酒屋になだれ込んで打ち上げ。
一仕事終えてみんなちょっとテンションが上がり、「ここだけの話・・・」というマクラでとても再録できないような話が飛び交い、おおいに盛り上がる。
甲野先生のおかげでいろいろと愉快な経験ができる。まことにありがたい限りである。
騒ぎまっくっているうちに気がつけば午前4時。
甲野先生を見送って徒歩1分のホテルに換えって爆睡。