12月8日

2002-12-08 dimanche

福岡の哲学研究サークル「ライオンとペリカンの会」にご招待頂いて、「レヴィナスとラカン」と題する研究発表をする。
木曜から風邪気味で、金曜の午後から発熱。土曜も微熱でふらふらしながら博多着。
改札口に主催者の別府さん、杉山さん、森本さんがお出迎えに来ている。
博多にくるのは15年ぶりくらいのことである。
前回来たのは学会。そのときは学会よりも『博多っ子純情』名所旧跡ツァーがおもな目的で、櫛田神社をはじめマンガに登場する博多の名所を二日かけて巡歴したのである。
今回の会場、赤煉瓦館(むかしは歴史資料館)もそのとき訪れたことがある。(これは郷六平と小柳類子の高二の夏休みのときのデートコースなのである。「なしてついてくるとや」と六平が聞くと、類子がうつむいて「好いとうけん」という場面が忘れられない)

その辰野金吾設計の由緒正しい赤煉瓦の建物で30名ほどの聴衆を前にする。
「ライオンとペリカンの会」は海鳥社の別府大悟さんという編集者が中心になって組織された読書会サークルで、すでに活動10年。これまで竹田青嗣、加藤典洋、橋爪大三郎、小浜逸郎といったひとたちが講義講演をしているそうである。(そのご縁もあって、海鳥社は『加藤典洋の発言』と『竹田青嗣コレクション』というシリーズを刊行している。)
この会で、先般私の『レヴィナスと愛の現象学』が取り上げられ、そこで書いた本人を読んでいろいろ話を聞こうではないかということになって、今回のお招きとなったのである。
そういうハードコアなサークルなので、こちらも「なめられていけない」というので、気合いを入れて「レヴィナスとラカン」などという無謀な論題を立てたのであるが、いかんせん力量不足で当日になってもまとまらない。
こういうときは「つかみ」のネタだけ決めておいて、あとはその場の勢いに任せるということにしているのであるが、今回は全員初対面の会場で、手に余る大ネタで、しかも発熱中というハンディがあり、「その場の勢い」がさっぱり出ない。途中でだんだん熱が出てきて、一瞬自分が何をしゃべっているのか分からなくなった。
それでも四苦八苦して、フーコーの『侍女たち』の解釈を媒介にして、レヴィナスの「他者」概念とラカンの「他者」概念のあいだにはリンケージがある、というとりあえずの結論にはたどりついた。2時間しゃべってへろへろ。

こういう「自転車操業」は止めようと思っても、なかなか止められない。
あらかじめきちっと原稿を準備しておけばよいのだが、結局、いつでもその原稿とはぜんぜん関係のない話になってしまう。
しかし、だからといって原稿を用意しないで行くと、今回のように結論にたどりつくまで綱渡りのようなことをしないといけない。
それでも、その場の雰囲気でなんとなく思考が活性化されてくると、ちょうど飛行機が滑空をはじめるときのように、それまで頭の中になかったアイディアやフレーズや比喩が次々と浮かんでくる瞬間が訪れる。
そのときの浮遊感はうまくことばにならない。

今回も迷走しつつ、とりあえずフィニッシュは決まったので、なんだか気分がよくなり、そのあとのなかなか手厳しい質疑応答もなんとか凌いで、いそいそと街へ繰り出す。
神戸の「街レヴィ派」もテンションが高いが、博多の「街レヴィ派」も過激である。
仕事が終わってほっとしたのか熱も下がり、委細構わずビールワインなどをどんどん頂き鍋をつつきながら、差し出される本にサインとネコマンガを描きながら、ウチダ本の読者のみなさんを相手に好き放題なことをしゃべりまくる。
聞けばこの日の参会者の中には遠く鹿児島、熊本、大分などからも駆けつけて下さった方もいる由。どうも遠いところをわざわざありがとうございました。(熊本からお越しの有江さんはこのホームページの BBS に「エロ爺二段」というハンドルネームで投稿している方であることが二次会で判明。「ええええ」とみんなびっくり)
歓談に時を忘れて、気づけばすでに午前2時半。あわててホテルに走り帰り、パブロンを呑んで寝る。

サバ目で起きだして、ブランチを約束していた大濠公園のボートハウスへ。
別府さん杉山さん高田さんと朝食をともにしながら歓談。
せっかくご縁ができたのだから『レヴィナスとラカン』は完成したら、海鳥社から出していただくことにする。
先日は、これを文春新書に回してウェイティングリストを減らそうか、とも思ったけれど、今回このお題で口頭発表して分かったが、「レヴィナスとラカン」はやはり新書にしてはテーマが重すぎる。「のどに小骨が刺さるようなものをごりごり噛み砕きたい」というコアな読者向きの本として書く方がよさそうである。
レヴィナス本はレヴィナス本として、ちゃんと書きますから、嶋津さん、ご勘弁。
一昨日は世界思想社から『レヴィナスを学ぶ人のために』というオッファーが来たので、海鳥社の新規企画を入れて、これで「負債」は19冊となった。(海鳥社は加藤典洋さんと私の「対談本」というのも企画してくれたので、加藤さんがこの企画を受諾してくださると、これを入れると20冊)
もう「笑いもひきつる」状態である。
ばかすか書きまくって、どんどん編集者に渡して、みんなを楽にさせてあげたいのはやまやまであるが、いくら私が「口から出任せ」といっても、そうそうほいほいと書けるものではない。
もうこれ以上、オッファーはありませんようにと神に祈る。
博多駅で「めんたいこ」を買って、海鳥社刊の『加藤典洋の発言2・戦後を超える思想』を読みながら神戸に帰り、そのままベッドに倒れ込む。ぐー。