10月28日

2002-10-28 lundi

昨日怪しいビデオを見たせいで、あれもこれも実地に試してみたいと、頭のなかに妄想がわき上がる。
矢も楯もたまらず、道衣に着替えてばたばたと体育館に一番乗りして、杖や剣を振る。
そ、そうか、この形は「こういうこと」を気づかせようとしていたのか・・・といろいろと年来の疑問がたばになって「腑に落ちる」。
多田先生はしばしば薩摩示現流の東郷重位の逸話を語ってくれる。
こんな話である。

近隣に野犬が出て危険なので、東郷の子弟らが連れだって野犬を斬りに行った。白刃をきらめかせて何匹かを斬り倒し、家に戻って、東郷重位の前で、「あれだけ斬ったのに、刀がいちども地面に触れなかった」と自慢した。
それを聞き咎めた東郷が、「太刀が止まったというようなことを誇ってはいかん。斬るというのはこういうものだ」と言うや、いきなりかたわらの脇差しを取って、目の前の碁盤を両断してみせた。その刃はそのまま畳をまっぷたつにして、根太まで斬った。

剣をつかう稽古の前に多田先生はかならずこの話をされる。
多田先生が剣をつかった打ち込みの目的をどこに置いているのか、それをこの逸話から私たちは推察しなければならない。
東郷重位が咎めたのは、刀での斬撃が対象にとどまったことである。
ということは、斬撃は対象を突き抜け、とどまるところを知らず突き進むような質のものでなければならないというのが示現流の教えだということになる。
刀を「ものを斬るための武具」というふうに考えていると、この意味が分からない。
「もの」が目の前にあると、それに心がとどまる。
その「もの」を斬ろうとして、そこに固着する。
「斬る対象がある」という事実そのものが人間のもつほんらいの力を減殺させる。
目の前に碁盤があって、それを脇差しで両断しようというときに、「ここに碁盤があり、その下には畳があり、その下には床板があり、その下には根太があり、その下には地面があり・・」というふうに斬るべき「もの」を想定していたら、おそらく斬ることはできない。最初の碁盤で刀ははね返されてしまうだろう。
斬ろうとする「りきみ」が人間の出せる力を大きく殺ぐのである。それが「居着き」となる。
そこに何も無いかのように、刃筋を立てて、すばらしい速度で、一気に対象の彼方にまで透徹することができなければ、単なる力をもって、碁盤を斬るとか兜を割るとかいうことはできるものではない。
昨日は杖道の形を遣いながら、なぜ中段に擬した剣を打ち落とすという形がこれほど多いのか、その理由が少し分かってきた。
そこに「剣がある」と思って振り下ろすと、そこに杖がとどまる。その打ちは床を打ち抜き、根太までうち割るような斬撃にはならない。
そこに剣はあるのだが、それに心を止めないために、あえて剣を擬していると考えると、納得がゆく。
剣は「ネガティヴな条件づけ」としてそこに想定されている。剣に応じようとしては杖は必ず遅れる。だから剣は「見えてはいるが、見てはいないもの」としてそこにあると考えなければならない。
そのような心の使い方を多田先生は「安定打坐」と呼んでいるではないだろうかというようなことを考える。
杖の稽古をするほどに、体術と剣術、杖術の技法的な連関がだんだんと薄皮を剥ぐように見えてくる。
もちろん私にわかるのは理屈だけで、術技は遠くそれに追いつかない。(合宿の青竹斬りでも一回失敗しちゃったし)
しかし、「こっちの方を目指して稽古をすればよい」ということを確信してやるのと、ぼんやりしているのでは、日々の稽古の密度が違う。
私のように週に三日程度、二三時間の稽古時間しかもてない上に資質凡庸な武道家は、一人稽古において「何のためにこれをするのか」という明確なプログラムを立ててゆかないと、とても生きているあいだにめざす境地にはとどかないのである。
ああ、もっとお稽古がしたい。