10月21日

2002-10-21 lundi

関西電力のメールマガジンからお仕事依頼がある。
ぴーちゃんのお勤め先であるから、よろこんでお受けする。
今度は600字で5並び。一字80円の高額バイトである。
「私が思うに」と書くだけで400円である。
コンビニでおにぎり二つとウーロン茶を買ってもお釣りが来る。
原稿依頼があるたびに、こんなふうに「一字あたりいくらか」という計算を電卓でこちょこちょ勘定する姿を見て、読者諸氏は「ウチダはせこい」とお思いであろうが、しばしご海容願いたい。
ウチダのバイト人生は1966年の春休み、銀座の「東京園」という中華料理屋での「皿洗い」バイト(時給100円)から始まった。
時給100円から「瞬間最大風速時給」20万円までの有為転変を想起すると、うたた感慨に堪えないのである。
・・・・・・・
はい、感慨に堪える時間は終わりました。この話はこれでおしまい。

「レヴィナスとラカン」という論文を発作的に書き始める。
これは来年のR谷大学での研究会発表の演題なのであるが、12月の九州で頼まれているレヴィナスについての研究発表も同じネタにしよう、ということに勝手に決めて、その準備を開始したのである。
九州の方はたしか「レヴィナスと女性性」というようなご依頼であったが、エロスの問題ということになるとやはり精神分析におでまし願うしかないし、そうなるとフロイト=ラカンとレヴィナスの関連ということに話が及ぶは必定であり、しかるにその関連について私はいままでいちどもまじめに考察したことがないので、質疑応答の場でうろたえて「また勉強してまいります。はい」といって高座を降りるのもなんだか申し訳ない。

というわけで「レヴィナスとラカン」。
両者の共通点については、すでに指摘する人が少なくない。
はっきりしているのは「他者による主体の基礎づけ」という基本的な構図と、「他者の欲望を欲望する欲望」の概念である。
これはいずれもヘーゲルの考想であるから、レヴィナスとラカンを結びつける事実とは彼らがいずれも「ヘーゲリアン」だということになる。
ほんとかしら。
デリダは『暴力と形而上学』でレヴィナスはヘーゲリアンだと何度も何度書いていた。はじめて読んだときは何のことかよく分からなかったが、言われると、なんとなくそんな気もしてきた。
というわけで年来の気がかりであったこの問題に取り組んでみようということで発作的に論文を書き出したのである。
はたして、レヴィナスとラカンを包括的に一望する俯瞰的視座をウチダは構築することができるであろうか。
刮目して待て。