10月5日

2002-10-05 samedi

径書房のO庭さんがご挨拶と校正に神戸まで来る。
メールのやりとりだけで最終校まで来てしまったが、いくらなんでも書き手と編集者が一度も顔をあわさずに本を出すというのもちょっとどうかしら、というので、わざわざ遠路東京から見えたのである。
角川のY本さんや、PHPのM島さんや、文春のT中さんと同じくらいの年頃のお若い編集者である。
こういう20代なかばのポップでクールでシティボーイな編集者が、ウチダのような、彼らの父親の世代に属する、反時代的なへそ曲がり糞オヤジの書いたものを読んで、面白がって仕事を頼みに来るというのが不思議と言えば不思議である。
今日のO庭さんは、加藤典洋さんと竹田青嗣さんの教え子さんだそうである。
その加藤さん、竹田さんに加えて橋爪大三郎さん、関川夏央さん、西研さんたちの私的な研究会があって、そこにゆくと、そのおじさん世代にはなんとなく「共通性」があるような気がするとO庭さんは言う。
ご指摘の通り。
この世代はね、領域は違っても、何となく似ているの。(西さんはもう少しお若いけれど)
それはかの「シクスティーズ」の時代に、もろにその時代の息吹にむせかえりながら自己形成を遂げたということである。
実際に政治的活動にコミットしたとか、コルトレーンを聴きながら別れ話をしたとか、新宿ゴールデン街でげろを吐いたとか、下北沢の下宿でマリワナを吸飲したとか、吉本隆明を読んだあと「私(たち)」と書くようになったとか、土方巽のどてらにコーラをこぼしたとか、そういう具体的なことが共通していなくても、なんとなく、その時代の「空気」を吸ってしまったことによって、どうしようもなくある種のエートスを共有してしまったのである。
私はそれをとりあえず「Street Fighting Kids のエートス」と呼ぼうと思う。
1967年から72年くらいまでの5年間というのは、少年たちの眼に、一瞬「世界の成り立ちが一望できた」ような気がした時代である。
別に見えたわけじゃない。
「見えたような気がした」だけである。
でもその「世界が一望できたような気がした」瞬間が、その世代にとっては、その後のさまざまな経験の中で、行き詰まり、選ぶべき道が分からなくなったときに、そのつど立ち帰る「観測定点」のようなものとなった。
その時代の自分だったら、今の私を見て、何と言うだろう?
きっと、「何やってんだよ、おじさん。こっちの道に行くのがいいに決まってんだろ? なんでここで逡巡するわけ? 信じらんねーよ」というような無慈悲でクリアカットな批評を一発で下しただろう。
実際に、私たちの世代の人間の多くは、中年からあと、さまざまなためらいの岐路において、「19歳の自分だったら、どうしただろう?」という問いを自分に向けた。
そして、そのつど、「ああ、あの時代のオレだったら、こんなことで絶対に迷ってないよな」ということを思い知らされたのである。
そういうような観測定点を持っている世代は、決定的岐路においてどうしても「シクスティーズ風の」選択を繰り返すことになる。
その結果、私たちの世代が「似たような雰囲気のおじさん」になるのは避けがたいのである。
私は加藤さんも竹田さんも関川さんも、どなたも直接には存じ上げないが、その著書を徴する限り、「同世代だなあ」と思うことが多い。
そういう「おじさん」たちの薫陶を受けて育った若い人が、私の書いたものを読んで、「あ、ウチダって人もあの世代の人なんだ」と感じるのは、考えて見れば、当たり前である。
O庭さんと話していて、いちばん驚いたのは、フェミニズム批判の本を出してくれるというのに、彼自身はフェミニズム「みたいなもの」をどうして私がごりごり批判するのか、そのモチヴェーションがよく見えないと正直に言ってくれたことである。

フェミニズムって、そんなに必死に批判しなきゃいけないようなものなんですか?

これにはいささか答えに窮した。
そのときにはうまく答えることができなかったので、ここに書いておくことにする。

フェミニズムはね、トラウマなんだよ、おじさんたちの世代の。
おじさんたちが若い頃、「いい女」はだいたいみんなフェミニストだった。
だからもちろんおじさんたちはフェミニズムを断固支持した。
当たり前だよね。
「いい女」と仲良くするというのは「ストリート・ファイティング・キッズ」にとって人生における最大の目標なんだから、自余のことは論ずるに足りない。
そうやっておじさんたちは「いい女」とわりない仲になった。
しかし、おじさんたちはフェミニストと「家庭を持つ」ということがどのようなカタストロフをもたらすのかを知らなかった。
そして、ほとんど例外なく、ぼろぼろになって中年を迎えることになった。
どうして、刺激的で知的でエロティックで幸福な前代未聞の開放的な男女関係をもたらすはずの「イズム」がおじさんたちにこんな酷いしうちをしたのか、その理由がどうしても分からなかった。
オレたちが何をしたっていうの?
おじさんたちはその癒されぬトラウマを抱えていま老年期を迎えようとしている。
ぼちぼち誰かが「あれはさー、実はこうゆうことだったんじゃないかなあ?」と説明しないといけないと思う。
私たちが少年だったときに、輝くように「いい女」だったあのフェミニストの少女たちがそのあとこれほどまでに私たちを痛めつけることになったのはなぜなのか。
それは私たちが、言われるように、骨の髄まで、回復不能なほどに「父権制的」だったからなのか。
それともあの「イズム」には、「期間限定」とか「地域限定」とかいう条件がついていて、それを適用するとあまりいいことが起きないような人間的活動(結婚とか)があったからなのか。
私はそれを知りたいと思って、この本を書いた。
もちろん、たいした説明はできなかった。
でも、こういう試みは私たちの世代が担うしかないと思う。
もっと若い世代がいずれすぱっとフェミニズムを一刀両断にしてしまうだろうけれど、私たちはそれにはおいそれと同調するわけにはゆかない。
だって、フェミニストたちはかつてはほんとうに輝くように魅力的な存在だったんだから。
そのことをきちんと抑えておいて、その上で、「どうして?」という問いは発せられねばならない。
若い世代にとって、フェミニズムはマルクス主義と同じようにもう「20世紀の遺物」とみなされ始めている。
でも、どちらのイズムも、そういうふうにあっさり括って済ませることが私たちの世代にはできない。
そこにあまりに多くの夢を託したから。
少年の夢を託したものによって深く傷つけられたという経験の意味は、その経験をしたものが語る他はない。