9月4日

2002-09-04 mercredi

母方の祖母の七回忌で、岡山の妙林寺というところまででかける。
真夏日の法事ということで、集まったのは娘三人(「娘」というのは親族名称上の呼称であって、「そこの娘さん」という場合のそれではない)と孫二人(「容貌は温良だが、言うことはきつい」従兄のツグちゃんと私)
孫は総計6人いるのであるが、四人は東京なので、神戸在住の二人が「孫代表」。
お寺で法要をすませ、お墓参りをして卒塔婆を立ててから、「暑いよう暑いよう」と苦しみつつ湯郷温泉へ。
露天風呂に浸かり、冷たいビールなどいただくうちによい機嫌となって、河合家の来歴について、伯母、叔母たちからいろいろとお話をうかがう。
この年になると、なぜだか祖先の来歴というものがだんだんと気になり出すもののようである。
むかしはぜんぜん興味がなかったのに。

祖父の家系、河合家は岡山池田藩のそこそこの家格の武士。
祖母の出た榎本家は東京の拝島で製糸業を営む豪商の家。
明治の末年のことで、東大の経済を出た祖父を前途有為と見込んで榎本貞子さんが嫁入りしたのであるが、蓋を開けてみたら、祖父は「飲む・打つ・買う」と道楽が三拍子揃ったスーパーC調サラリーマン。人柄が好かれてけっこう出世はしたし、娘たちもみなさん父親好きなのであるが、祖母にしてみると、あまりよいご亭主ではなかったようである。
話を聞くと、祖父は遊郭から六高に通ったそうだし、祖母はスーパーリッチなお嬢様育ちであったそうである。
母たちの代でも、神戸で過ごした娘時代はなかなかに優雅な暮らしぶりであったようだが、代が下がるにつれて、だんだんと昔日の勢いを失い、われわれ孫の代に至って、蕩尽すべき家産などというものは薬にしたくてもなくなってしまった。(あれば私が蕩尽してさしあげたのだが・・・)

「貸し家と唐様で書く三代目」
maison a louer とフランス語は出る三代目
唐様って、どーゆー意味と訊く四代目(字余り)