6月23日

2002-06-23 dimanche

父の遺言に従って、散骨のために三浦半島の小網代湾なるシーボニアというヨットハーバーまで赴く。
モーターボートで30分ほど沖に出て、相模湾の中央、北緯35度09分、東経139度29分の海上に遺骨と花束を撒き、ついでに父の好きなビールとシーバルリーガルを注いで黙祷。
こういう葬儀の仕方があるということを風聞に聞いてはいたが、実際にやってみると、なかなか風情のある儀式である。
参列者は母と兄と甥の裕太の四人。
帰路、新横浜で精進落としをして、ひとり新幹線で爆睡しながら神戸に戻る。
五月の第二週からずっと「週末」のない生活が続いていたが、ようやくこれで「死のロード」が終わった。
来週からはちゃんと日曜日には朝寝をして、古いロックを聴きながらアイロンかけをしたり、スパゲッティを茹でながら小説を読んだりできる。
ふう。

21日は温情会。
今年は神戸オリエンタルホテル。メリケンパークにある三方が海というすてきなロケーションのホテルである。
早めに着いたので、飯田先生と海の見えるバーでハーパーのソーダ割りなどを呑んで日没を眺めつつ清談。
妙齢のご婦人と海の見えるバーにいるわけだから、状況的にはもう少し違う展開になってもよさそうなのであるが、日本近代文学史における「断絶」のヴァーチャル性について、という非情緒的話題に終始する。
生酔いで会場にたどりつくと、今回は自由席とのこと。
松澤員子新院長がひとりぽつんと坐っている。
みんな遠慮してそばにゆかないのである。先生がこちらに手を振って「こっちにきてよ」と合図をされるので、お誘いに応じてお隣へ。
そのままワインなど酌み交わしつつ、飯先生、橘先生もまじえて、松澤先生と私の年来の持論である「ライトサイジング」論を語り合って盛り上がる。
うちのサイズの大学だと、こういうふうに学院長と膝詰めで話す機会がぽんとあるのが、ほんとうにありがたい。

新聞に『寝ながら学べる構造主義』の広告が出る。
コピーは「『そうか、そうなのか』の連続です」のひとこと。
嶋津さんが考えたのか、実に簡にして要を得たコピーである。
その下に「おじさん」の写真が二葉。
ふつうの読者は誰だか分からないだろう。
ご説明しておこう。
向かって左のハゲ頭で笑っているおじさんがウチダで、右側の怖い顔をした白髪のおじさんがウチダの兄である。
「えー、ウチダってハゲてたの」
と驚かれた読者の方もおられたであろう。
裏表紙の「著者近影」とぜんぜん似ていないぞ、というご指摘があるやもしれぬが、著者近影は実は10年前のものなのである。あれから急速に脱毛が進み、老眼の度も進んだのである。少年易老、学難成。まことにせつないことである。

『寝な構』の読後の評判はなかなかよい。
一気に読んでしまった、というメールが続々と届く。
ぜひ学生に読ませたい、というお便りもあったが、他大学の諸君が読むのは結構であるが、うちの学生は読まないようにお願いしたい。
あのネタであと三年くらい講義をする予定なので、「先生、その話、もう読みました。違うネタ、ないんですか?」と言われると困る。
この間、大学院の演習のときにフルタ君に、「先生、その話聞くの、学部のころから数えて三回目です」と笑いながら指摘されてしまった。
いんだよ。志ん生の落語と同じなんだから。
ちょっとずつマクラも変えてるし。