4月22日

2002-04-22 lundi

フランスの大統領選挙で国民戦線のジャン=マリ・ルペン候補が 17.5% の得票でジョスパンを抑えて二位になってしまった。近来の椿事である。
左翼が四分五裂して社会党のジョスパンへの票が割れたのが原因だというのが新聞の分析だが、一位のシラクが19%というのだから、それにしてもの既成政党の凋落のはげしさである。
国民戦線 Front National の歴史認識と国際理解はおそろしく単純であり、「世の中、そんなに簡単なら、誰も苦労はしねーよ」と泣きたくなるほどアタマの悪い政党なのであるが、それが有権者二割近い支持を集めたということは、「フランス人も、ほんとにアタマが悪くなった」ということである。

フランスというと「啓蒙と革命の国」というふうなイメージがひろく流布されているが、その裏面には反ユダヤ主義と排外主義とファシズムの連綿たる伝統がつねに伏流している。
それを歴史家は La France profonde(深層のフランス)と呼んできた。
都会的でコスモポリタンで開放的なフランスの裏側には、土着的で閉鎖的で暴力的なフランスがつねに隠れている。
19世紀の王政復古から第二帝政、ブーランジスム、ドリュモンとモレス侯爵の反ユダヤ主義、モーリス・バレスの田園ナショナリズム、シャルル・ペギーのジャンヌ・ダルク賛歌、シャルル・モーラスのアクション・フランセーズ、ジョルジュ・ソレルの『暴力論』、セルクル・プルードン、火の十字団、ペタン元帥、マルセル・デアのフランス・ファシズム、ドリュ・ラ・ロシェルのNRF、ティエリ・モーニエとモーリス・ブランショのテロリスム文学論・・・と続く滔々たる流れは、「左翼思想史」に比べて遜色がないどころか、むしろはるかに役者が揃っている。
しかし対独協力ヴィシー政府が大コケして、戦後フランスがその恥ずべき記憶をぐちゃぐちゃに隠蔽したことによって、この伝統は暴力的に抑圧されてしまった。
そしてフランスにおける「正当なる右翼思想」の伝統は断絶してしまったのである。
「私は王党派だが、それが何か問題でも?」ということをばりばり言うような論客はモーリス・ブランショの「転向」を最後にひとりとして出ていない。
こうして、フランスにおいては右翼思想の深化と洗練がまったく顧みられないままに戦後半世紀が過ぎてしまったのである。
つまり戦後フランスには三島由紀夫がいなかったのである。

誰が見ても、国民戦線は、フランス右翼史上最悪に「頭の悪い」政党である。(ティエリ・モーニエの「国民革命」綱領と国民戦線のプロパガンダを読み比べると、「大学生と幼稚園児」の作文くらいの知能差がある。)
しかるに、その史上最悪のバカ政党が、あろうことか戦後右翼運動史上最大の政治的勝利を収めたのである。
これをしてフランス人の「バカ化」という以外にどう説明しろというのであろうか。
もっと「ましな右翼」はフランスにはいないのだろうか?
フランスこそがファシズムと反ユダヤ主義と排外主義の「本家本元」なんだからさ、頼むよ。もう少しまともな「思想家」を出してきてよ。