3月28日

2002-03-28 jeudi

朝日の時評の原稿を送ったら、クレームがついて戻ってきた。
「もう一ひねり」をご要望である。
うーむ。
600字の原稿というのは「ひとふでがき」のようなもので、「あらよっ」と一気に書くので、「オチを換えて」とか「マクラを長めに」とか「キックを入れて」とか言われると、ちょっと困る。
60枚の原稿であれば、一ひねりでも二ひねりでも、いくらでもご要望に応じられるのであるが、「ショートショート」ではそうもゆかない。
やむなく、その原稿をボツにして、かねて用意の「ボツ用差し替え原稿」を送る。
するとこれにもクレームがついてしまった。
「ウチダ先生らしさがない」という理由である。
うーむ。
これが「橋本治みたいに書いて」とか「ヘミングウェイみたいに書いて」というご注文を受けたのであれば、「らしくないですね」と言われても返す言葉がないが、「ウチダ先生らしさ」がないといわれると、ウチダ先生としては立つ瀬がない。
いろいろもめて、結局、「今回はご縁がなかったことで・・・」ということになるのかしらとおもってあきらめていたら、なんとか事なきを得て、とりあえずこんな感じでしばらく行きましょう、ということにおさまった。
ほっ。

しかし、800万読者を想定して何かを書くというのは、ウチダにとってはほとんど想像を絶した仕事である。
だって、私の書いたものを読んで「面白い」と思ってくれる読者は、つい1年前までは全国に29人くらいしかいなかったんだから。
それが1年かけて、いまではようやく800人くらいにまではふえたところである。
いきなりその一万倍の読者向けに書いて、といわれても・・・
『寝床』の義太夫を東京ドームでやってくれというようなものである。

「なんだよ、これ。『寝床』の義太夫じゃねんだぞ。金かえせ」

と五万人の観客に怒られても、こっちは『寝床』の義太夫しかできないんだから。