3月26日

2002-03-26 mardi

朝日新聞から「e-メール時評」というコラムの執筆を頼まれる。
3週間に一本、600字ほどのエッセイである。
600字というと、執筆所要時間はウチダの場合約15分。稿料はまだお知らせいただいていないが、おそらく『ミーツ』に並ぶ「高時給バイト」であろう。
というわけでさっそくすらすらすいすいと二本書いて、昼飯前に、二ヶ月分の仕事を終わらせる。

そこへ晶文社の安藤さんから電話があって『「おじさん」的思考』が出来ましたというご連絡である。
晶文社のホームページでまだ見ぬ本の表紙だけ見る。
おおお、なんと美しい装幀であろう。
安藤さんに「きっと売れますよ」と励ましのお言葉を頂く。
たちまち頭の中は「夢の印税生活」の夢想がぐるぐると渦巻く。

「夢の印税生活」。
よい言葉である。
甘美な夢である。

中学生の頃から、この言葉をいったい何度心のなかでつぶやき、舌の上で転がしたことであろう。
爾来40年、何度も裏切られ、繰り返し苦い幻滅を味わいながら、それでも私は一度としてこの夢を手放したことがない。
「次の本こそは・・・・」と夢を描き、

えっと一冊2000円だから、印税が200円として、一万部売れたら(おお!)二百万。十万部で二千万。百万売れたら二億円!
わーい。ジャガーだ、アルマーニだ、ドンペリだ。

競馬の出走前とか、宝くじの発表前と同じような多幸感のうちに私はくりかえし浮遊し、繰り返し現実の前にどどどと崩落したのである。
この無根拠な多幸感と、ほとんどシステマティックな失速感に身をさらすことが、ギャンブル嫌いの私にとって、おそらく唯一のバクチ系娯楽なのかも知れない。

今年はとりあえず「馬券」を三枚買った。
夏休みが終わるころまでは、ずっと「出走前」の多幸的妄想のうちに浸っていられる。