3月13日

2002-03-13 mercredi

三日家を明けて、家に帰ると、メールや郵便物が貯まっている。
順番に片づけるが、まだ終わらない。
仕事の依頼が一件。3週間に1本、600字のエッセイ、という気楽な仕事なので、二つ返事で引き受ける。
原稿の書き直しが二件。
確定申告が15日までと気がついて、あわてて書類を整理する。

確定申告は25歳くらいのときからずっとやっているのだが、いまだにそのメカニズムが理解できない。毎年同じような仕事をして、同じような生活をしているのだが、ある年は還付金があり、ある年は追徴金が取られる。
去年は3万円ほど戻ってきた。
今年は、さっき自分で計算したら33万円収めないといけない。
収入はほとんど同じなのに、どうして?
税務署は私にとってカフカの『城』のように不可解な存在である。
そもそも私は足し算で「¥」が単位につくと、必ず計算を間違える。
浅田次郎は、数字に「¥」がつくといきなり計算能力が向上するそうである。
珠算教室などでは、「***円なり」と読み上げているから、「¥」がつくと計算能力が向上する方が一般には多いのであろう。たぶん人間はことがお金にかかわると、真剣になるのである。
しかし、私の場合は、お金のことを考えると、とたんに多幸的な空想に耽ってしまう。

お金があったら、まず能楽堂付きの道場を建てる。
道場はざっと100畳敷き。その畳部分を見所に見立てて、反対側には檜の床の能舞台。
橋掛かりが渡り廊下になっていて住居部分に続いている。
住居は中庭を挟んで道場と向かい合い、全室和室で、縁側に障子戸。
庭には築山、竹林に紅葉をあしらい、春には庭で花見、秋は縁側で月見、冬は炬燵で雪見。夏は下駄を履いて庭を下るとそこは白砂青松の青海原・・・

と真剣に空想に耽ってしまうので、計算が合うはずもないのである。
そうはいっても、私は「必要経費」というものを一円も申告しないので(ジロー先生には「バカだ」と言われるが)確定申告のときにはたいへんらくちんである。
私の研究テーマは「思想」と「映画」と「武道」である。
新聞を読むのも寝ころんでTVを見るのもトイレでマンガを読むのも道場で稽古をするのも、研究活動といえないものはない。新聞代もNHK受信料もマンガの代金も多田塾研修会の旅費も能のお役料も、ことごとく必要経費に算入可能である。
しかし、まさか下川先生に「必要経費で落としますから、お役料の領収書下さい」とか多田先生に「研修会の参加費の領収書下さい」とか言うわけにはゆかないではないか。
そもそもこれらの活動は言わば私の「道楽」である。道楽をしておいて、研究活動だから税金負けてとは言いにくい。

というわけで、必要経費ゼロで申告書類を書く。
控除されるのは、基礎控除と扶養者控除だけ。
今年から確定申告はコンピュータが導入され、画面の問いに答えて行くといつのまにか申告書類が出来上がって、支払うべき税額もちゃんと算出してくれる。
あと3100円払わないといけないと画面が告げる。
自分の計算とえらい違いである。
理由は不明。
しかし、カフカ的世界を相手に条理を説いても始まらない。
そのまま帰りに郵便局で3100円払って平成13年度の納税作業が終了。
灘税務署までの行き帰りを入れて、「あ、確定申告しなきゃ」と思い立ってから、終了までの所要時間、2時間15分。