3月1日

2002-03-01 vendredi

朝からごりごりとレヴィナスの『困難な自由』を訳す。
400頁もあるのに、まだ120頁しか訳していない。
しかし、これを「まだ120頁しか来てない」と考えるか、「あと280頁しか残ってない」と考えるかで、仕事の意味はおおきく変わる。
私は「まだ280頁も訳すところが残っている。あと280頁分の老師の叡智が私を待っている」というふうに考えるようにしている。
いまは第二章「注解」を訳しているところであるが、一行一行に「びっしり」老師の叡智が詰まっているので、訳しながら興奮して、鼻息が荒くなる。
ほんとうに老師は凄い。
1950年代に書かれたものなのだが、その一行とて、一語とて、そのあと40年にわたって展開するすべての考想に連接しないものがない。
この本を訳すことのできる幸福をしみじみ感じる。

『困難な自由』はよい本だよ。
ずいぶん前から絶版になっていて、近年の読者は見たこともないだろうけれど、ほんとうによい本である。
年末には国文社から出るから買って下さいね。
ウチダの本は買わなくてもいいから、これだけは買って!

どんどん翻訳がすすむ。
30分で1頁。一時間2頁。
ということはあと150時間で全部終わっちゃうんだ・・・しくしく。

うれし泣きしているところに晶文社の安藤聡さんが登場。
『〈おじさん〉的思考』(題名決定)の二校ゲラの受け渡しと、「ども、はじめました」のご挨拶と、次の仕事の打ち合わせのために、御影駅前「高杉」でお茶をする。
安藤さんとはメールと電話だけで半年やりとりしていて、今日がはじめてのご対面である。
いつも電話でげらげら笑いながら打ち合わせをしているし、ウェブサイトから安藤さんが選び出したトピックの「趣味」で、だいたいこういう感じの人かなということは分かっていたけれど、印象通りのほんとうにフレンドリーで愉快な方だった。
編集者と話すときの楽しみは、担当している有名人のみなさんの話を聞けることである。
安藤さんは田口ランディさんのエッセイや山形浩生さんの本の編集をした方。私は二人ともファンなので、いろいろと話をきく。
ランディさんは甲野善紀先生、名越康文先生とも仲良しなので、いろいろと話が交錯する。そのうちランディさんともご縁ができるかも知れない。
山形さんの裁判(山形さん負けちゃったけど、私がホームページに書いた山形擁護のテクストが一部、裁判の証拠資料に使われたというご縁がある)の話で、ここには採録できないようなことをいろいろしゃべる。
安藤さんは聞き上手なので、例によって、「前から思ってたんですけど」という(うその)前振りで、その場でおもいついたことを熱く語る。
しゃべりながら、甲野先生と養老孟司先生の『自分の頭と身体で考える』の中で、甲野先生が道場でわざの説明をしながら、実はその場で思いついたことを話しているので、自分の説明をいちばん熱心に聞いているのは自分自身だ話しておられたことを思い出す。
私もそうだ。(飯田先生もそうらしい。授業でしゃべっているさいちゅうに、「ああ、いましゃべっていることで論文一本書ける」と思って、はやく研究室にもどって忘れないうちに書きとめなきゃ、と焦るそうである。)

晶文社では、引き続き私の「おじさんの説教エッセイ」集を出して下さるそうである。
ありがたいことである。