1月31日

2002-01-31 jeudi

文学部の入試がある。
せんだっては、志願者が少ないと書いたけれど、その後、どんどん志願者が増え、わが総合文化学科は志願者650人、昨年比137%という「劇的な」志願者増を果たした。
18歳人口の減少期に志願者数が増える、というのはたいへん喜ばしいことである。
これはうまくすると「収穫逓増法則に乗った」ということを意味している。

何度かすでにこの日記でも触れたけれど、この世には「収穫逓増の法則」別名「ポジティヴ・フィードバックの法則」というものがある。
要するに「金をもっている人間のところに金は集まり、勝つ人間は勝ち続ける」傾向のことである。
有名な事例では「クワーティの原理」というものがある。
QWERTY と書く。
この文字、どこかで見たことがあるような気がするでしょ?
当然である。
だって、いまこの瞬間、それにあなたの左手指先が触れているからである。
キーボードの第一列は左からQ,W,E,R,T,Yである。
この配列を決めたのはひとりの技師である。
それまでタイプライターの文字配列はでたらめであった。メーカーごとに配列が違っていたのである。
ある技師が、この配列を採用した。
この配列だと「打ちやすい」からではない。「打ちにくい」からである。
この配列だと指の動きが「遅くなる」のである。
タイプライターというのはキーを押すと、アームが伸びてインクリボンを叩いて、紙に印字するというメカニズムだが、タイピストがキーを速く打ち過ぎると、すぐにアームが絡んでしまうのである。
それを防ぐために、この技師はわざと「キータッチが遅くなる」配列を考えたのである。
その結果、タイピストたちのあいだでこの機械が人気になった。
当時のタイプライターのメジャーなメーカーであったレミントンがこれに目を付けて、「あ、じゃ、うちもつぎの新製品から、配列はQWERTYにすっか。その方が売れそうだし」となんとなく決めた。
その瞬間に実質的な「世界標準」が制定されたのである。
この配列に慣れたタイピストたちは、同じ配列の機種を使いたがり、わずかな期間のうちに、あらゆるタイプライターはこの配列に統一されたのである。
これが「ポジティヴ・フィードバックの法則」である。
つまり、同じような性能のものが横一列でならんでいる場合、ごくわずかな利点があるものがその分だけ頻繁に選択され、そのわずかな入力の差が、短期的に劇的な出力の差となり、結果的に、市場を独占してしまう傾向を言うのである。
株式市場における投資家の動きなどがこの典型である。

受験市場における受験生の動向も、ある意味では投資家の動向に似ている。
同じような大学が横一線で並んでいる場合、ごくわずかでも利点があるものは「同じ受験料払うなら、じゃ、ま、こっちにしとく?(駅から近いし・入学金が一万円安いし・キャンパスがきれいだし・試験場でちょっと親切にされたし・昨日の新聞に卒業生が出てたし・・・」)というしかたで、とりわけ強い動機づけなしに選択される。
しかし、この選択が短期間に反復されると、劇的な差異を生み出すのである。
あらゆる商品において、商品そのものの実質的な差以上に、市場の選択の落差は大きい。
それは消費者が「きまぐれ」なのではなく、「そういうもの」なのである。
だから、同業他社との競合においては「抜きん出て」高いクオリティを示す必要はない。
他の条件がほとんど同一であれば、「ワンポイント、よい」という程度で、市場占有率で圧倒的勝利を収めることもありうるのである。
これを逆に言えば、他の条件がほとんど同じなのに、わずかな立ち後れによって、劇的な敗北を喫することもありうる、ということである。
繰り返すが、商品を選ぶとき、大多数の消費者が選ぶのは、「この点ではきわだってすぐれているが、このへんはきわだって落ちる」ような商品ではない。「ほかの商品とほとんど差がないが、このへんがちょっとだけ勝ってる」商品である。(自分がスーパーで競合商品のなかから一品を選ぶときの選択基準を思い出せばすぐ分かる)
総合文化学科の志願者動向をウチダ的に分析すると、この増加傾向は、本学科があきらかに「ポジティヴ・フィードバック」の第一段階に進んだことを暗示している。
このままのペースで「ほかとほとんど同じだけど、このへんがちょっとだけいい」という程度の教育サービスの充実を手堅く進めて行けば、総合文化学科の未来は明るい、と私は思う。