12月22日

2001-12-22 samedi

一週間の名古屋暮らしを終えて神戸に帰ってきました。
やはり六甲が見えるとほっとする。
とりあえずばりばりに凝り固まった身体をほぐすべく合気道へ急ぐ。

ところが好事魔多し。
御影の細い路地でいきなり人身事故を起こしてしまった。
何の障害物もない道を徐行に近い速度で走っていたはずだが、「ガツン」という音がして、バックミラーを見ると車の後ろでいますれちがったはずの歩行者が手を押さえている。
あわてて車を停めて降りてみると、私の車のドアミラーに当たって手を怪我したというのである。
おお、なんという不注意であろう。
平謝りに謝ってまず止血をし、軽症には見えるが骨に異常があるやもしれず、とりあえず病院へ参りましょというと、いま急いでいるから病院にはあとで自分でゆくからよい、という。ま治療代だけもろとこか。
このへんでちょっと怪しいかなとも思ったのであるが、とりあえずこちらは加害者であるから、へこへこするほかない。それに傷といってもただの切り傷である。治療代と言ってもたいした額にはなるまい。
すると「あ、時計までいかれてもうた」と腕時計のガラスの割れたのを示す。
「この時計イタリア製の高いもんなんやけど・・・。ま、治療代と合わせて三万ほどもろといたらええわ」
お、ばっちりはめられてしまった。これが世に言う「当たり屋」というやつか。
はめられたことに間違いないのであるが、とにかく現に相手は手の甲からだらだら血を流しており、時計のガラスはばりばりに割れており、私は謝っているのである。この形勢からの逆転は苦しい。
「あの、そういうふうに額が大きくなると保険で何とかしないといけなくなるので、とりあえず事故証明とりに交番までお付き合い願えますか」と劣勢の挽回を試みるが、向こうも慣れたもので、「いや、交番いかんでもいいわ。兄ちゃんかて、人身事故で点数減るの困るやろ。こっちもいそいどるしの。も、あるだけでいいわ」
なんだかこんな貧相なおやじと道ばたでごたごたしているのも面倒になったし、後ろには車が渋滞してきたので、じゃあと財布を出して、一万円くらい出してオサラバしようと思ったら、「全部もらっとこか」と言う。
もう面倒になって、有り金全部2万2千円そっくり差し出す。
そして、ちょっとがっくりして車に乗り込んだ。
ところが、ここで天はウチダに微笑んだ。
おじさん商売がうまくいったので、すっかり調子に乗ったか、「兄ちゃん、わしいそいどるんやけど、駅まで送ったってや」と言い出したのである。あ、いいすよ、どうぞと助手席に乗せた。
バカなおやじである。
濡れ手に粟の二万円で満足しておけばいいのに、タクシー代わりに私の車にのったのが運の尽き。
駅に近づいたところで「あ、交番そこですから、やっぱ、ごいっしょしてくださいよ」と駅前交番前に停車する。
おじさんはあせって走行中の車のドアをあけて飛び降りようとするので、襟首をつかまえて片手でフロントに押さえ込み、首根っこを抑えたままずるずると交番までひきずってゆく。
「すみませーん。そこで人身事故やっちゃったんです。この方が被害者なんです。怪我されてるし、イタリア製の高級時計も壊れたというのに、お急ぎなんで交番にも病院にも行きたくないとおっしゃるんですよ。そこをまげて、ぜひ事故証明をお願いします」と言ったら、出てきた巡査のみなさんもひとめで事情を察知。
もちろん口調はていねいであり、あくまで「事故証明の書類作成にご協力下さい」といいながらであるが、実質はおじさんの「取り調べ」である。
おじさんもよせばいいのにおまわりさん相手に嘘の名前や住所を言って逃れようとしたせいで、すすんで罠にはまってしまった。
おじさんの挙動はたいへんに不審であり限りなく犯罪に近いのであるが、この事故においては間違いなく被害者である。すでになされたお金のやりとりは民事のことなので、警察は介入してくれない。
さいわい、「イタリア製の時計」なるものが接触当時の時刻を指していなかったので、もとから壊れていたことが「取り調べ」の過程で判明した。
時計の修理代を含めてさきほどはお金をお払いしたので、とりあえず全額をおもどしいただいた上で、あらためて手の傷の「バンドエイド代に」1000円札一枚渡して示談ということになった。おじさんは「1000円だけというのはあんまりじゃ、もうちょっとなんとかならんかのう」とうらめしそうな顔をして去って行った。
おまわりさんの説明では、すぐに県警と府警に照会したのだが、このおじさんがほかの刑事事件と関係があるという情報がでてこなかったので、法的にはあれ以上引き留めることはできないのだということであった。
静かな御影の街でこんな事件ははじめてだそうである。
とりあえずこの1000円は「狭い道で車に寄ってくる怪しいおやじには気をつけろ」という教訓の授業料だと思うことにしよう。襟首つかんで締め上げたときには少し痛い思いさせちゃったし。
ウチダは1000円と稽古時間を失い、おじさんは二度身体的な苦痛を味わった。トータルではなんだかおじさんの方が損したような「御影当たり屋」事件でありました。