赤穂浪士討ち入りの日であるが、わが友難波江和英さんの教授昇任が決定しためでたい日でもある。
このめでたさに至るには長い苦闘の歴史があるのであるが、それについてはいっしょに「ふぐ」でも食べているときにゆっくりねぎらうことにしよう。
ともかくおめでとうございます。ウチダもほっとしました。
教授会では博士後期課程の認可がおりたことについて報告があり、いきなり指名されて私がお礼を述べることになった。
繰り返し言うように、私はこの案件について誰かに「お礼を言う」立場にない。(私が「ねえねえ作ってよお」って、頼んだわけじゃないんだからさ)
ことは大学の機関決定であり、私は業務命令に従って一研究科委員として、文書作成や文部省詣でのおともをしただけである。
制度的には学長なり文学研究科委員長なり文学部長なりが協力いただいた教職員に(儀礼的にではあれ)お礼を言うべきであり、どっちかというと私はそう言う人たちから「ご協力ありがとう」と「お礼を言われる」立場である。
にもかかわらず私はこれまで何度もあちこちで頭を下げてきたというか当然のように下げさせられてきた。
私の安い頭なんかいくら下げても別に減るわけではない。それで博士後期課程ができるなら、頭なんかいくらでも下げるけれど、そのせいで一部の教員がこの博士後期課程の認可を「ウチダの個人的な要請で出来たもの」というふうに思い込んでいるのはたいへんに困る。
私の知る限り、新学部や大学院の認可が下りた報告のあった教授会で学長、学部長、研究科委員長以外の「ひら」の教員が「お礼」を言ったというのは前例がない。
お礼を言うのは、それで自分にいいことがあったからである、ふつうは。
機関の代表者でもない私がお礼を言ってしまうと、まるで博士後期課程ができたことで私が個人的に利得を得るみたいではないか。
そのせいだろう、いきなり「大学院のやり方、民主的じゃないぞ」と同僚の教員に嫌みを言われた。
たしかに、一人の「ひら」教員が独断専行で、同僚たちの同意を得る努力もしないままに、博士後期課程の増設を勝手に実現したのだとしたら、それはきわめて非民主的なことであり、制度的にはあってはならないことである。
だけど、そんなことできるわけないじゃないか。
制度的に言うと、大学院の理念やカリキュラムは研究科委員会の専管であり、委員でない教員はデシジョン・メイキングには参加できない。
専攻の五人の委員たちはもちろん何度も何度も会議を繰り返し、提出書類の文言に悩み、カリキュラムに工夫を凝らした。この案件が持ち上がってから数年間、そこでどういう議論がなされ、どれほどの時間とエネルギーが費やされたかについては(私にいやみを言ったような)委員ではない教授会メンバーは何も知らない。いきなり博士後期課程が「ぽん」とできたと思っている。
しかし、今度のような紹介の仕方をされると、何年にもわたるそういう協議プロセスがまったく知られないままに「あ、博士後期課程? あれウチダがひとりで騒いでつくったんだろ? 受験生が集まんないの? ウチダに責任とらせろよ。しらねーよ、おいらたちは。なんにもきいてねーんだから」というようなリアクションがまかり通りかねない。
ほとんどの教授会メンバーは事情を察して暖かい拍手を送ってくれたけれど、「ウチダによる大学院の私物化を許すな」というような感じのことを言われると、本当にむなしくなる。
いったい、私たちは誰のために働いているんだろう。学生にとって少しでも快適で生産的な教育研究環境を提供するためじゃないのか?
そのために仕事うちにもちかえって夜遅くまで働いてきた人間にむかって、そういう口のきき方はないんじゃないの、ねえ。
まあ文句を言ってもはじまらない。ともかくよいことが二つあったんだから、それを喜ぼう。
あちこちから『レヴィナスと愛の現象学』の感想文が届く。
「読み始めたらとまらなくなって、はっと気がついたら最後まで読了していました」というのが何通もあった。
何がうれしいといって、物書きにとっての殺し文句はこれですね。
増田さんがホームページでまたもしっかり宣伝してくれた。ありがたいことである。
なんだか元気が出てきた。
あさってからいよいよ名古屋大学の集中講義。しばらく研究室に立ち寄れないので、ホームページの更新はお休みです。
次は12月24日ころに更新されるかも(されないかも)
では、みなさんメリー・クリスマス
(2001-12-14 00:00)