11月30日

2001-11-30 vendredi

人事教授会のあと会議を二つフケて、神戸こくさいホールのシルヴィ・ギエムさま(本日より敬称つき)を見に行く。
鈴木晶先生よりギエムさまは「女房を質に置いても」見に行くように言われていたのであるが、ウチダの場合は肝心の質草がない上に、「チケットを取る」ということが生理的にどうしてもできない体質なので、実はギエムさまとの出会いも泣く泣く諦めていたのである。(私はとことん「列をつくる」とか「順番を待つ」ということが嫌いなのである。それがどれほど必要なものであろうとも、列を作るくらいなら、そんなもの要らないと思ってしまうのである。ブレジネフ時代のソ連に生まれていたら、とうに餓死していたであろう。)
しかるに大学院生のF田くんから、いかなる天の配剤か「先生、チケット一枚あるんだけど、買います?」と思いがけないお申し出。(チケットが「余る」には涙なしには聴けない悲話があるのだが、それはさておき)
もちろん買います。

ギエムさまの本日のだしものは「ボレロ」と「ラシーヌ・キュービック」。
贅言は要すまい。
ギエムさまは凄かった。
私がこれまでに見たどのようなダンスとも違う、まるで異次元の身体運用であった。

「ボレロ」のあとホール全員がスタンディング・オヴェーション。
「お義理」の拍手ではなく、観客がほんとうに感動したときだけに聴かれる種類の熱い拍手であった。これほど熱い拍手を聴いたのは、私の記憶する限り、90年の東京ドームのローリング・ストーンズ以来である。

ギエムさまの神戸公演は一回だけなので、まあ、知り合いの多いこと。
びわ湖ホールのピナ・バウシュもそこらじゅうに学生がいたけれど、今日会った院生がF田くんを含めて4名。分母の小さい女学院文学研究科についていえば、「シルヴィ・ギエム率」は10%に近い。
これも鈴木晶先生の「ご伝道」と小林昌廣先生の「ご指導」の成果であろう。(小林先生は昨日の授業でジョルジュ・ドンの「ボレロ」を学生たちに見せて、ギエムさまへの期待度をいやが上にも高められていたようである。)
ホールにつくや否や、「ジャック・メイヨール」の橘さんに「あ、先生」と呼びかけられてしまった。明後日『ミーツ』の打ち合わせで橘さんのお店にうかがう予定であったのであるが、神戸は狭い。
橘さんも私と同じく「遅咲きのバレエ・ファン」だそうである。
きっと明後日の夜は江さんを置き去りにして二人で「シルヴィ・ギエムさまはすげーだな」「んだんだ、シルヴィさまは女神さまじゃ」という話で盛り上がるのであろう。
会議を二つもフケた甲斐があった。
それに値する眼福の一夜でありました。

ジョージ・ハリソンが死んだ。
先週の新聞で危篤だとは知っていたけれど、やはり古い友人が死んだような虚脱感がある。
今夜は『ア・ハード・デイズ・ナイト』を見ながらお通夜をしよう。
All things must pass.
合掌。