学祭二日目。早稲田大学合気道会OBの武藤雅幸さんと、東大気錬会OBの北澤尚登さんが駆けつけて招待演武をして下さった。(北澤さんは長駆東京から)
ありがとうございました。
部員諸君は昨日よりいちだんとテンションが上がって、気迫のこもったよい演武会に仕上がった。
演武会が終わった後のみんなのはじけるような笑顔を見ているときが教える者としていちばん喜びが深い。
君たちの笑顔の理由の半分は君たち自身の努力であり、残りの半分は私からの、そして私をとおして多田宏先生からの、そしてさらには多田先生をとおして植芝盛平先生からの贈り物である。
このような素晴らしい武道を創り出し、それを継承し、それを稽古する機会を私たちに与えてくれた、すべての人に感謝したい。
演武会の後かたづけが終わってから雨の中を御影のわが家にみんな集まる。七年ぶりにイギリスから帰ってきた田岡千明さんと、東京からお越しの北澤さんを主賓に、打ち上げ大宴会。
今回は「おでん」と「マイタケご飯」と「キムチ鍋」。
これでもか、というほど仕込んだのであるが、すべて平らげられた。
みんながいろいろとおみやげを持ってきてくれたので、お酒がだいぶ残ってしまったが、残ったお酒は私が毎日ちょっとずつ頂き、さらに残れば納会と鏡開きで呑むことにするのでご心配なく。
このところ大学で武道を教えることの意味について繰り返し考えている。
多田先生は大学生に対する教え方と社会人に対する教え方に微妙に違いをつけられているように私には思われたからである。
社会人に対しては「武道にはいろいろな取り組み方がある。それぞれが自分の信じる方向で武道に取り組めばよろしい」というふうにちょっと「放し飼い」的な教え方を先生はされてきた。
だから、合気道は健康法としてやってもいいし、護身術と考えてもいいし、人格陶冶の修業と思ってもいい。単にどたばた運動して汗をかいてビールが美味しいというためだけにやってもいい。それらのどれかを先生が「いけない」と言われたことはない。
ただし、「京都にゆくつもりで間違えて東北新幹線に乗ってしまって盛岡に着いちゃったというひとは・・・まあ、ご縁がなかったものとあきらめなさい。」
私は先生のご海容に甘えて、入門当時は、「喧嘩に強くなる」というのと、「美味しいビールを呑む」を二大目標に合気道の稽古に励んだバカ弟子であるが、そのような不明な弟子でさえ多田先生は見捨てることがなかった。
それは門人たちが稽古のあとに示す「はじけるような笑顔」の意味に、いつか自分で気づくときがくると思われていたからだろう。
学生たちに対しては、もっと直截かつ明確に先生は合気道の意義を説かれているように思う。それは、合気道が、若者ひとりひとりが蔵しているほとんど無限のポテンシャルの「気づき」への手がかりだ、ということである。
それはある完成型なり理想型なりを示して、それに比べて、修業者の技術や力量が「どれほど劣っているか」を気づかせる、という「ネガティヴ」な査定のちょうど正反対の考え方である。
多田先生が自在に利用しているのと等質等量の力が私たち自身の中にも、未開発の資源として潜在していることを「実感させる」ための稽古法、それがつよく意識されていたように私には思われた。
だから先生は、合気道を通じて獲得された「力」は単に武道という領域においてのみ開花するべきものではなく、研究者として、芸術家として、企業家として、アルチザンとして、あるいは家庭人として、あらゆる人間的活動においてひとしく成果をもたらすのである、と言われているのではないだろうか。
多田先生の合気道において、武道は武道のために修業されるのではなく、「私」の可能性の開花のための効果的な一方法として修業される。
「完全な武道の体系」が一方にあり、その前に「卑小な私」が立ち尽くしているのではない。宇宙と一体となった「私」、無限のエネルギーが湧出する場であるような「私」に至り着くための方法的迂回として、武道の体系があるのである。
もちろん、そのことは武道の体系の精密性や厳密性をいささかも軽んじることではない。
いまここにいる「私」を固定化し、それを中心として、その狭隘な枠組みで武道の術技を理解し、恣意的に解釈し変えてゆけば、それはそもそも「方法的迂回」としてさえ機能し得ないからである。
武道の体系は「私は私でしかない」という悲劇的な繋縛性を断ち切る「ブレークスルー」として「外部」から到来しなければならない。
だから、武道の体系の「外部性」を担保するためにも、そこに私的・恣意的な解釈や変更を加えて、「私物化」することは許されない。
しかし、その「私物化」のきびしい自制は、「私」をもっと豊かで、もっと力強く、もっと善良なるものものたらしめることを目的としているのである。
武道の体系は外部から到来し、それが「私」の主体性を本質的な仕方で基礎づける。
注意深い人は、このような言葉遣いが、ほとんどレヴィナスの他者論と同型的であることに気づかれただろう。
多田先生は合気道を通じて、レヴィナス老師はタルムードを通じて、私のふたりの「お師匠さま」は「同じひとつのこと」を語っているように私には思われる。
「私」を基礎づけるためには、「外部的体系」を迂回する「私のブレークスルー」を経験する必要があり、その自己解体と自己再生のプロセスにおいては、先導する「師」が必須である。
お二人はともにそう教えていられる。
そしてこの旅程において私たちの歩みを動機づけるのは、それが人間として正しいことだという当為の意識でもないし、それが私たちに何らかの利益をもたらすという打算でもない。
要するに、それが「愉快」だからなのである。
植芝先生が書かれた本部道場の道場訓のなかで私がいちばん好きなのは「稽古は愉快を以て旨とすべし」という一条である。
「師に仕えて修業することは愉快だ」
このあっけないほど透明な真理を私は二人の師に就いて学んだのである。
(2001-11-03 00:00)