11月2日

2001-11-02 vendredi

まだ少し熱っぽい。
夕べは午後7時に寝た。9時半ごろ、せりかの船橋さんから電話があって、『レヴィナス論』を年内に出すことにしたから1週間で校正をしてくれという。
イリガライの悪口を削る話はいいんですかと聞いたら、もういいです、ということである。
レヴィナスとイリガライの両方とも好きという読者は私の本を読むと傷つくだろうが、それはビンラディンとブッシュの両方とも好きというようなものであるから(たぶん)、あまり多くはいないと思う。
私が人の悪口を書くときどれほど執拗で底意地の悪い人間になるかを知りたい方はぜひご購入下さい。(そんなこと別に誰も知りたくないでしょうけど)

山本画伯から「非常勤講師の話はどーなっておるのか」という督促の手紙がくる。
げ。忘れていた。
難波江さんとご一緒の「ライフワークが終わったので、あとは余生だ」パーティのときに「来年、非常勤に来てね」と頼んでおいて、そのまま忘れていたのである。
山本画伯については数年前も一度、非常勤講師を頼んでおいて、ころっと忘れて別の人に頼んでしまったという忌まわしい前科が私にはある。(そのときにおよびしたのが実は小林昌廣先生である。世の中不思議な巡り合わせである。)
そのときは土下座して謝って事なきを得たのであるが、同じミスを二度続けては温顔の画伯との35年の友情も危うい。
熱でぼけた頭で必死に「空きコマ」を思い浮かべ、「比較文化特殊研究」という科目があることを思い出した。やれうれしや。
さっそく造り声で「あ、画伯、ごめんね連絡が遅れて。至急、業績書と履歴書送って下さい。君にぴったりの科目をご用意しておいたよ、ふふふ。やだなー。忘れてませんてば」
画伯は炯眼の人士であり、通常、私の嘘は一発で見破るのであるが、私も必死である。何となく不得要領のまま「あ、そう。ふーん。じゃ、いまからファックスするから」と納得してくれた。
しかし、二度までも同じ約束を忘れるというのはどういうことであろう。
画伯が画壇にとどまらず学界にまで進出して、私の存在が霞むようなブリリアントな仕事を成し遂げることを私の無意識がひそかに嫉妬しているのであろうか。
それ以外に説明がつかない。

今日は学祭演武会。
熱をおして大学へ。なんだかふらふらする。
学生諸君の演武はすごく、よい。
みんなテンションの高い、端正な演武をしてくれた。
「うまいなあ、この子たち、みんなオレの弟子なの? ほんとに? 何か、オレよりうまくない?」と一人で不思議な感心の仕方をする。
しかしこれこそ指導者冥利に尽きるというものである。
私の演武はへろへろ。なんだか、このところ二日酔いで演武したり、そんなのばっかりである。今日は熱があって何も考えられないので、身体が動くままに好き勝手に「酔拳」的な技を繰り出すうちに終わる。
終わってから記念撮影。四回生は学生生活最後の演武会なので、感激ひとしおらしく写真をとり合っている。
とはいえ、うちの合気道部は「勇退」というものを認めない。卒業しても道場から離れることは許されぬのである。これからだよ、面白くなるのは。

畳の上にぶっ倒れていると、飯田先生が「葛根湯」ドリンクをプレゼントしてくれる。ごくごく。ありがとうございます。
ウッキーの買ってきたたこ焼きと焼きそばを食べているうちに教授会の時間となり、あわてて駆け出して会議室へ。
寝ているうちに会議が終わる。
やれうれしや、家に帰ってちゃんと寝ようと思っていたら、U野先生に拉致され「***問題調査委員会」のあり方並びに今後の本学はどうあるべきかについての戦略会議に呼び出される。(これも忘れていた。大事な約束はほとんど忘れている。)
U野先生とI川先生は実に卓越したオルガナイザーであり、てきぱきと話をまとめる。マルクシストはこういう分野では惚れ惚れするほど手際がよい。
私はこういう会議ではいつも役回りは同じで、「がんがん行こうぜ、がおー」的なことを言って「落としどころ」をラッチ一つ分過激化させるボケ役である。
ときどき自分でも、ほんとうに「がおー」と思っているのか、みんなが「がおー」を期待しているから政治判断でそうしているだけなのか分からなくなる。
高校のとき、教師が生徒に対して挑発的なことを言うと、クラスのみんなが私の方を見た。「ウチダ、出番だぜ」
「え? またオレがやるの?」と私はしぶしぶ立ち上がって「先生、いまのお言葉、撤回して頂きましょう」というようなことを言わされた。
因果な性分である。
その昔、S和総研というシンクタンクのめちゃくちゃな答申を聞いているときに教授会の席で「こら、大学の教師、世間知らんと思って、なめたらあかんど。調査料2000万返せ」とどなったことがある。
総研の研究員のみなさんは青い顔をしていた。世の中にはずいぶんガラの悪い大学教師がいるんだなあと思ったことであろう。
そんなにガラ悪くないんですよ、ほんとうは。そういう役がきちゃうんですよ。なぜか。