9月1日

2001-09-01 samedi

二度目の土曜日。肌寒いけれど天気はよくなりつつある。
午前中に買い物に出かける。るんちゃんのお土産を求めに祐里さんお薦めの NAFNAF へ。
お店のお姉ちゃんが、「汝は何を求むるのであるか」と尋ねてくるので、「娘のために贈り物を求めんとしているのである」と答える。
「汝の求めるものはスカートであるか、セーターであるか、上着であるか、パンタロンであるか、ただちに明らかにせよ」と詰問される。
「ちょっとかわいいもんなんかあるといっかなとおもったりして」というような日本語は翻訳不能であるばかりか、たとえ翻訳してもフランス人にはまるで理解不能である。このあたりが比較文化論的落差を感じるところである。
かの地では、目的もなくふにゃらと店をのぞくようなことはなかなか許容されないのである。やむなく「セーターである」と答える。「これはどうか」とただちにいちばん手近にある商品を提示する。それはねーだろ。
お姉ちゃんを捨て置いて、じろじろと商品を検分して、皮のハーフコートを選ぶ。

「汝の娘のサイズはいかほどであるか」
「汝と同程度であると思われる」
「ではMである。汝が手に持っているのはLであるから、ただちに棚に戻すように」

「いや、娘は大きいサイズのものをゆるゆる着るのが好きなのである」がフランス語にならない。
「彼女は大なるサイズのものをより好むのである」と説明するが、不可解な表情は去らない。たしかに不可解であろう。「汝の娘のサイズはいくつであるか」「Mである」「ではこれを求めるべし」「MではなくてLを買いたい」というのでは、どう考えても論理的問答になっていない。
「サイズが合わなかったら、ただちに取り替えるから、このレシートをかならず保存しておくように」と念を押される。よほどいい加減な人間だと思われたのであろう。

買い物を終えて Huit Septembre 広場で『リベラシオン』を買っていたら、サトカッチ出会う。ロシア人のような名前であるが、さいわいなことに妙齢の日本人女性で、昨日の合気道の稽古に参加してくれた新人のうちの一人である。
買い物で疲れたのでカフェでカフェ・オレを喫する。
フランスではコートひとつ買うのも骨であると愚痴をこぼすうち、教師癖が出て、そのまま昼のサイレンがなるまで調子に乗って日仏比較文化論についてながながと一席講じる。どうもすみませんでした。

ホテルに戻って、今日は論文を読む。面白いものがいくつかある。
とくに母国語話者と非母国語話者のあいだのコミュニケーションがうまくゆかないのはおもに母国語話者の側の責任であるという論文に膝を打って同意する。そーだそーだ。
外国語におけるコミュニケーションがうまくゆかないおもなる理由は

(1)コンテクストが分からないでいきなり話しをふられる
(2)知らない単語がキーワードである、という二つの場合である。

コンテクストが分かっている場合は、だいたいこのような領域の語彙で談話が構成されるであろうという予期がなされるので、大きな誤解は起こらない。
キーワードが固有名詞や専門用語で、音をきいても字を見せられても意味がわからない場合は、文脈が分かっていてもてんで話しにならない。迷亭先生の「トチメンボー」と一般である。
いずれの場合もコミュニケーションの不調は、談話のコントローラーである母国語話者の側の問題である。専門家にそう断定していただけると心強いこと限りがない。やあ、よい話を聞いた。

7時に学生全員とロータス・ドールへ繰り出す。本日のご会食者は、ブルーノくん、越くん、祐里さん、サトカッチ、イワンさん、そして新顔のヴィンスくんである。ヴィンスくんは4年前にご紹介しましたよね、とブルーノくんが言うので、「センセイおひさしぶりです」という挨拶に、あいまいにへらへら笑ってごまかす。たしか4年前にはずいぶんたくさんのビゾンタン(ブザンソンの住人は男性はビゾンタン、女性はビゾンティーヌと称するのである)に合気道をご指導したのであるが、みんな顔も名前も忘れてしまった。不人情なセンセイですまない。
総員 19 名でばりばりとカンボジア風中華料理を食す。美味である。
恒川さんがコリアンダーに弱いので、「コリアンダー風味ラーメン」と「海老やきそば」を交換する。(海老ヤキソバはほんとうはサトカッチのものであり、私が注文したのは豚ヤキソバであり、ひとのものを勝手に交換してしまったのである。たびたびすまない)
「コリアンダー、こりはなんだー」と小声でつぶやきつつラーメンを食していたら、きびしい視線をホッタさんから送られてしまった。
そういえば、「フランス語だじゃれ」を一昨日のグロットでいきなり思い出した。
鍾乳洞の中で、「この洞窟には冬になるとこうもりが冬眠に来ます」という話を聞いているうちに、思い出したのである。
「こうもり」は chauve-souris すなわち「禿げネズミ」とフランス語では言う。私の「フランス語だじゃれシリーズ」は「コウモリと勝負する?」というのが採用されなかった時点で停止したのであるが、それを思い出した。
さっそくグロット同行の諸氏に、シリーズをご紹介する。すなわち「犬が思案」「猫が斜に構え」「羊さんは無頓着」「馬を縛る」「おんどりのコックさん」(@ウッキー)の連作である。それに「コウモリは...」を加えてみたところ、これが日本人留学生に思いのほか好評で、気をよくした私はさっそく洞窟を出たところで牛を見つけて「牛は場所ふさぎ」という新作を提案したのであるが、いきなり却下された。
しかるに本日は「もやし」系の料理が多かったために、突如として「大豆だそーじゃ」を思いつき、おそるおそるご紹介したところ望外の好評で、前回却下の「牛は場所ふさぎ」も復活を許された。
さっそく学生全員にフランス滞在中に一人いっこずつ「フランス語だじゃれ」を作成するように厳命したのである。題材は動物に限らない。
「チーズの風呂? まーずいぶんべとべとしているね」とか「ハムってうまいじゃん、ボン」(近くで爆弾が破裂した)などといったシュールなだじゃれを集積して一冊の本にすれば、フランス語修学者の語彙力は飛躍的に向上するであろう。