大阪地裁は「結婚した女性は働きが悪いと決めつけ、低い待遇におしとどめてきた住友生命の人事運用」を否定し、上司らが結婚退職を迫ったり、既婚女性に意地悪をして勤務しにくい状態を作った会社の差別的体質を非とする判決を下した。
この記事を読んで「既婚女性を差別するなんて、言語同断。住友生命ってバカじゃないかしら」と思った人は手を挙げて下さい。
はい、たくさんいますね。
では、「どうして、住友生命はそんな誰にでも『バカ』と分かるようなことを長年し続けていたのだろう」ということについて、説明出来る方は?
はい、そこの方。
「住友生命は日本の父権制装置の一部だから、自分たちが父権制イデオロギーそのものに領されていることが意識化できなかったのよ。要するに・・バカなのよ」
うーむ。
バカであることの理由が、「バカである」では同語反復だね。
住友生命だって、全員がまったく思考停止に陥っていたわけではないだろうから、きっと何らかの合理的理由でその差別を正当化していたというふうには考えられないかな。
その場合、企業が既婚女性を排除し、未婚女性を優遇する理由について、どんなことでもいいから「合理的な理由」を思いつける人いませんか?
「男は若い女が好きなのよ。男根中心主義的なエロティスムが会社制度そのものを毒していたわけ。」
エロスが一枚噛んでいるという点では、たしかに的を射ているけど、それだけでは不十分だと思うな。だって、男のエロティスムは「ロリータが好き」とか「老婆が好き」とか「デブ男が好き」とか、多型倒錯的なものだからね。
「既婚女性が長年勤続すると給与が上がるけど、若い女子社員が入れ替わり寿退社していけば、人件費が安く上がるからじゃない?」
うんそうかも。でもさ、ご存じのように新入社員は実際にはなかなか給料分の働きができない。仕事を覚えてようやく給料に見合う程度の仕事ができるようになるころに退社させるということを続けるのって、営利企業にとってそんなにメリットがあるんだろうか?
「だからバカだって、言ってるのよ」
バカなのはもう分かってるんだよ。
バカであり続けることに固執した「主観的には合理的な根拠」があるとしたら、それは何?という質問をしているんだけど。
うーん、さっきから発言するのは若い人ばかりだね。どうしておじさんたちは暗い顔をして押し黙っているんだろう。
では、沈黙するおじさんになりかわってウチダがご説明致しましょう。
あまり知られていないことだけれど、日本の会社に二つの「秘密」がある。
おじさんたちはみんな知っているけれど、めったに口には出さない。
一つは日本の上司は、仕事のできる自立心のある部下より、仕事はあんまりできないけれど、「課長、おれどこまでも課長に付いていきますよお」とすがってくるようなバカ社員のほうが部下としてより好ましいと思っている、ということである。
それは「仕事ができる自立心旺盛な部下」は上司にとって二重の意味で危険な存在だからである。
彼は上司の地位を脅かすかもしれないし、もっと悪い場合には、彼の部課の商圏をまるごと引き継いでライバル会社にヘッドハンティングされるかもしれない。
だって、「仕事ができて自立心旺盛なサラリーマン」にとって、彼が愉快な人生を送るためには、ぱっとしない企業やらウスラバカの上司に対する忠誠心なんて、邪魔にこそなれ、何の意味もないからだ。
だから、多くの上司は、とくに自分の能力に自信のない上司は、「仕事ができて自立心旺盛な部下」を組織的に「バカ」化することにいのちがけになる。
さて、社員をきわめて効果的に「バカ」化する方法がある。
サラリーマンをやったことがある人はすぐに思い当たるはずだけれど、日本の大会社は新入社員が仕事を覚えて「使いもの」になりそうな気配がしてくるとただちに「ふたつのこと」を陰に日向にやんわりとあるいは声高に強制するようになる。
それは「結婚すること」と「家を買うこと」である。
なぜか。
男を「守りの姿勢」に追い込むいちばん確実な方法は「妻子を路頭に迷わせさせるわけにはゆかない」という「男の責任感」に訴えることと、「ローンの払いを続けるためにも定収入が途切れては困る」という不安をつつくことである。
そう。だからこそ、多くの企業は組織的に若い男子社員に「結婚」と「持ち家」を勧奨ないし強制するのである。
妻子とローンを抱えた男性社員は上司にとって、「いくらいびっても、いくらこき使っても反抗しない」最高に使いやすい部下と化す。
だから、日本の企業は社員が「持ち家」を持たせるために、ローンの保証人にまでなってくれるのである。残る仕事は「月下氷人」だけである。
そして、ここで日本のサラリーマンの「みんな知ってる第二の秘密」というものが前景化してくる。
それは、「日本のサラリーマンは半径5メートル以内の女性のなかから配偶者を見出す」ということである。
これですべてが繋がったね。
住友生命のような古典的なタイプの企業が既婚女性を排除し、未婚女性を絶えず大量に職場に供給しようと躍起になっていた労務管理上「合理的」な理由はそれ「だけ」である。
つまり「妻子」の重石を男子社員に担わせ、彼らをけっして会社に反抗できない「社畜」へと馴致することなのである。
だって、「既婚女性」には不可能で「未婚女性」には可能である「こと」といったら、だれが考えても定義上一つしかないからだ。
それは「結婚すること」である。
つまり企業は女子社員を「男子社員を社畜化する装置」として採用してきたのである。
企業で働く女子社員のみなさんも、これから企業に入ろうという若い女子学生の諸君も、ウチダの暴言にはさぞやお腹立ちのことであろうが、これが一面の真実を衝いていることは、あちらの隅でうつむいて押し黙っているおじさんたちの暗い表情が物語っているとは思わないか?
長年大企業相手の営業マンをしてきたウチダが経験的に言えることがある。
それは「企業の格が上がるほど、女子社員は美人になる」という法則である。
そう、企業は「選んで」いたのである。
そうやってできる限りすみやかに男子社員の「社畜化」に成功する企業が長い間収益を上げ続けてきたのである。
ひどい話だ。
ひどい話だとウチダだって思うよ。あんまりだよね。
しかし、喜びたまえ、諸君。
そのような暗黒時代は終わった。
というのは、暗黒時代の前提のすべてが破綻してしまったからである。
社員を組織的にバカ化してきた企業はいまや潰れてしまったか潰れかけているからだ。
考えればすぐ分かる。
最初に「社員はバカ化した方が経営効率がいい」と考えた経営者は「知恵者」である。しかし、そうやって「バカ化」された社員はバカであるから、そいつが経営者になったときに、会社は先代の「知恵者」がしていたほどに効率的には経営されない。
「バカ上司」が「自分よりさらにバカ」な部下を選別するということが数世代続けば、当該企業は、「上から下まで全部バカ、下に行くほどどんどんバカ」状態になることは火を見るより明らかである。
そのような企業が潰れるのは歴史の鉄則、神の見えざる手というものである。
それと同時に、男子社員たちは「半径5メートル以内から配偶者を見出す」習慣をも失ってしまった。
というのも、おのれの両親や上司たちを見ているうちに、さすが無思慮な若者たちも、「結婚してあまりいいことがなさそう」ということを骨身にしみて学習してしまったからである。
それに加えて、バブルの崩壊で地価は下落し、マンションは最高値で買ったときの2割3割でも買い手がつかなくなった。
かくして、「男子社員の社畜化―結婚とローン―未婚女性の大量採用」という「企業」のあざとい戦略がもう無効、無意味になってしまったのが現在の日本の姿なのである。
これから先の日本がどうなるのか、私には見当もつかない。
分かるのは、若い男性諸君は「サラリーマンになることにもはや意欲的ではない」ということと「結婚することにもはや意欲的ではない」ということと「資産形成にもはや意欲的ではない」ということである。
これが「フリーターの増加」「未婚率の上昇=少子化」「不況」といった一連の現象の遠因であることは諸君にもただちにご理解いただけるであろう。
たぶんこれからはあらゆることに意欲を失った男性諸君に代わって、元気な女性諸君が資産形成にも結婚にも意欲的な企業人となってゆくのであろう。
彼女たちにはぜひがんばっていただきたいものである。
おじさんたちは歴史の舞台から退場する刻限である。
しかし、舞台から去り際に、ひとつだけ老婆心ながらの注意をしておこう。
それは、「自分の部下が自分より有能であること」を認めたがらない点において、男性上司と女性上司のあいだに大きな差異はこれまで報告されていないということである。いや、むしろウチダの見聞の範囲では、女性上司は(自分の男性の部下の能力査定においては比較的公平であるが)女性の部下の勤務考課においてはなはだ苛烈であるという印象がある。私一人の偏見であればよいのだが。
いずれにせよ、確実なのは、女性たちの企業進出が進展するに従って、「女性社員の社畜化」という、これまであまり見ることのできなかった現象に私たちは立ち会うことになるだろうという悲観的展望をウチダは抱かざるを得ないのである。
できればその際に「独身男性社員の大量採用と既婚男性社員への差別待遇」というような忌まわしい問題が起きないことを切望するものである。
(2001-06-28 00:00)