11月26日

2000-11-26 dimanche

ウイルスがはびこっていて、私に感染させられた人々から哀訴のメールが届いている。
こまったなあ。
現象的には

「メールを送るとそれに、同一の送信者名で見知らぬメールがはりついて送信される」
「それには添付ファイルがついている」
「開けると感染する」
「感染すると、その人が出したメールにも同じ見知らぬメールがはりついて送信される」

というものである。
私のPCもウイルス感染前後から調子が不安定であり、通常の操作のさいちゅうに頻繁に「不正処理」の表示が出る。開かないサイトもある。
困っていたら、「感染源」からワクチンが届いた。やれやれ。
しかしワクチンによるウイルスの検出にはやたらに時間がかかる。1時間半ほどDOS画面を眺めていたが、飽きたのであとを風邪ひきで休んでいるるんちゃんに任せて家を出る。
私から感染したみなさんには私のPCが修復しましたのちに、ワクチンをご送付させていただきます。ご迷惑をかけまして申し訳ありませんでした。

土曜日は日本イスラエル文化研究会の研究例会があった。
同志社女子大と本学が関西での研究例会を隔年で行うことになって5年目。今年は同志社女子大。
発表はお二人ともアメリカ文化研究者。論題は広瀬佳司先生の「ホロコーストとユダヤ系文学」と堀邦雄先生の「ニューヨーク知識人-ユダヤ的知性とアメリカ文化」。
イスラエル文化研究会はユダヤ人とユダヤ教に関係するものであればどんなテーマでも受けつける領域横断的な学会であり、聖書学、ユダヤ教学、西洋史、日本史、政治思想史、政治学、国際関係論、言語学、文学と、いろいろな専門家が登場して、さまざまなお話をしてくれる。
「ヘブライ語のクレオール」の話や「カフカのイディッシュ詩」の話や「日猶同祖論」の話など、ここ以外のどこでも聞くことのできない実に奇想天外な事実を私はここで耳学問した。
私はこの学会のけっこう古手の会員である。
都立大の助手をしているとき、エドゥアール・ドリュモンという反ユダヤ主義の開祖的イデオローグについて研究したことがあり、そのおりユダヤ人問題についていろいろ調べているうちにこの学会の存在を知ったのである。
はじめて早稲田大学でやっている例会に行ったときに、集まってくる会員たちの様子がなんとなく辺りをはばかるようで尋常でない。
ききとれぬほどのハスキーボイスでユダヤ人とイスラエルの不思議な歴史について語る小林正之先生の話を聞くうちに、「おお、これはひそかにユダヤ問題を研究しているマッドサイエンティストたちの地下ネットワークだな」と私は直観し、すぐに入会した。
しかし、残念ながら、イスラエル文化研究会はマッドサイエンティストたちの地下組織ではなく、きわめてまっとうな篤学の先生たちの集まりであることがその後判明し、私はちょっとがっかりしたのである。
しかし、この会の研究会で私が仕込んだ「豆知識」と、会員の先生たちの情報ネットワークがその後の私の研究にどれくらい役に立ったかははかり知れない。
とにかくヘブライ語でもアラム語でもイディッシュでもカバラーでもタルムードでも反ユダヤ主義でも、それぞれの分野に「生き字引」がいるのである。これは便利。
私はこのネットワークには、わずかにフランスにおける反ユダヤ主義の歴史についてと、レヴィナスの思想についてのインフォーマントとして参加させていただいているのである。それも、ぜんぜん「生き字引」ではなく、「その主題についてはこういう本があります(読んだことないけど)」とか「その問題はナントカさんが専門家です(会ったことないけど)」というような頼りない情報屋にすぎない。
お役に立てなくてすまない。

さて、今回はアメリカのユダヤ文化である。
私はこの領域についてはまるで疎い。
『ユダヤ教―過去と未来』という本を訳したときに、アメリカにおけるユダヤ教思想の展開という一項があり、モルデカイ・カプランとかアブラハム・ヘシェルとかいうひとのことは少し調べたことがあるのだが、ユダヤ系知識人というのが文壇と論壇にこれほど決定的な影響力を行使しているとは知らなかった。(あの本には20世紀アメリカの左翼的、前衛的思潮はほぼまるごとユダヤ人の「仕切り」である、なんてことは書いてなかった。)
広瀬先生は文学の領域で、堀先生は主に政治思想と芸術批評の領域で、20世紀アメリカ文化においてユダヤ系の知識人が果たしたきわめて重要で、かつ特徴的な業績についてレポートしてくれた。
「眼からウロコ」が二枚落ちた。
私の無知はひろく人の知るところであるが、この発表で言及された「著名なユダヤ系アメリカ知識人」のほとんどの名を知らなかったのにはさすがに私自身も驚いた。
みなさんはご存じだろうか?

イズラエル・ジョシュア・シンガー、エドワード・ワラント、シンシア・オジック、ジャージー・コジンスキー、ウィリアム・バレット、ルイス・コーザー、ネイサン・グレイザー、クレメント・グリーンバーグ、シドニー・フック、アーヴィング・ハウ、アルフレッド・ケイジン、アーヴィング・クリストル、ドワイト・マクドナルド、ウィリアム・フィリップ、ノーマン・ポドレツ、ハロルド・ローゼンバーグ、マイア・シャピロ・・・

昨日出てきた人名で私が知っていたのはノーマン・メイラーとフィリップ・ロスとスーザン・ソンタグとダニエル・ベルとソール・ベローとハンナ・アレントだけである。(読んだことあるのはそれだけ)
どうして、その他の人々の事績について私の情報は構造的に欠落していたのであろうか?
おそらく私は人生のどこかで「アメリカの左翼知識人」という概念を空集合として処理してしまったのであろう。
しかし、アメリカにもスターリニストやトロツキストの学生たちがいて、信じがたいことであろうが、モスクワ裁判やコミンテルンの方針をめぐって路線論争をしていたのである。
つまり、アメリカにもヨヨギやブントがあり、クロカンやヨシモトがいたのである。
いやー、なんでも聞いてみるものである。
今回は三杉圭子先生もご同行。
三杉先生は知る人ぞ知る「アメリカ・ユダヤ文学研究者」であり、今回の発表の論題こそ先生の専門そのものである。
にもかかわらず私が「ひえー、しらんかった」と叫んでいるということは、私はこれまで三杉先生と「先生のご専門」についていちどもきちんと話したことがない、ということを含意している。
では、私たちはこれまで一体何を話していたのであろうか。
「このワイン、美味しいね」と「わはは、スキーは極楽」と「サタデーナイト・ライヴ」の話だけで私はあの貴重な時間を費やしてしまったのであろうか。
ちょびっと反省。