10月27日

2000-10-27 vendredi

ゼミの面接に「ミュージシャン」が何人か来たというはなしを昨日書いた。
私はご存じのように60年代ポップスから一歩も出ないでそれから30年を過ごしてきた男であるので、(いちばん最近買ったCDがブライアン・ウィルソンとジミヘンであることからも窺い知れよう)昨日も学生相手に音楽談義をしたのだが、私が例に挙げるミュージシャンたちを彼女たちは一人も知らんのよ。とほほ。
そのときは「ある種の音をすごくきれいに発声する」シンガーという話題で、「yeah」の発音がすごくよいリッキー・ネルソンと、「tears」の発音が鳥肌もののJ・D・サウザーの名前をあげたのだけれど、その場にいた学生さんたち十人くらい、誰もその名を知らなかった。
そういうもんなの?
『陽気なネルソン』見てなかったの?(見てるわけないけど)
日曜の正午からNHKでやってたんだよお。(知るわけないけど)
しくしく泣いてから、そうだ、こういうことはあの人が詳しいんだっけと、久しぶりに増田聡さんの「ロック少年リハビリ日記」を読みに遊びに行った。すると、ずいぶん前に私が書き送った「ザ・バンドとかザ・バーズとかザ・フーとか聴いてる私はもうジュラ紀の生物でしょうか」という泣き言に友情あふれるご回答が寄せられていた。
そうか、そうだったのか。私もちゃんとロック史のなかのしかるべき潮流にポジションされているのだ。うるうる。
たいへんに心温まる解説だったので、転載させていただきますね。

Jejune 'This Afternoons Malady'

「リハビリ日記に出てくる固有名詞がさっぱりわからない」というご意見を内田さんより戴きました。申し訳ございません。年齢差別の完全な撤廃を目指す本サイトはかような苦情に深く反省するものでございます。解説いたします。
過日よりワタクシがはまっておりますこのアメリカのマイナーバンドは、「エモ」あるいは「エモーショナル・ハードコア」と呼ばれる、パンク・ロックの最近出現した下位ジャンルに分類されるものであります。
80 年代以降のアメリカのアンダーグラウンドなパンクシーンは、しばしば全米的なヒットチャートにバンドを送り出してくる活発な時期があるのですが、近年そのなかで頭角を表しつつあるのがこの「エモ」なるジャンルでございます(以前の同様なジャンルとしましては、90 年頃流行った「グランジ」と呼ばれるジャンルがありました。代表的なバンドとしてはニルヴァーナなど)。
だからといってこのバンドが典型的なパンクロック(イメージ的にはセックス・ピストルズとか)のような音楽であるかといえばそうではなく、アメリカの 90 年代のパンクシーン(要するに白人の労働者階級の若者を中心に栄えている、小さなライヴハウスとインディレーベルを基盤にしたロック文化で、ブルジョアな大学生ロック文化に憎悪を燃やしている)の下部構造はさほど 80 年代から変化はないのですが、その音楽的な内実はドラスティックな多様化が進んでおりまして、「エモ」というのは典型的なパンク(あるいはハードコア・パンク)的な音楽的典型を逸脱する傾向(一般に「ポスト・ハードコア」と呼ばれます)が、ある音楽的様式に帰着しつつある状態を指すジャンル名であると言えましょう。
一言では言いにくいのですが、敢えて言うならよりメロディアス、かつドラマティックな曲調で、皮肉にも米アングラパンクがイデオロギー的に嫌悪していた大学生ロック(カレッジ・ロックとも呼ばれ、大学ラジオや雑誌をメディアとして流通するマイナーロック)と、極めて似通った音楽性、とも言えましょう。
マスダ的には、似ていても最近のカレッジロックが失って久しい過剰なバカパワーが溢れていることをもってエモに惹かれているわけですが。
さらにこのジェジューンに顕著なのは、90 年頃イギリスで流行った、ギターのフィードバック奏法を特徴的に用いた一連のサイケっぽいギターバンド(当時は「シュー・ゲイザー」と呼ばれたりしました。演奏中うつむいてギターを掻き鳴らしていたので「クツを凝視する連中」つーわけです。マイ・ブラディ・ヴァレンタインというバンドがそれらのバンドの偉大なボスであります)の色濃い影響が見られる点です。
シューゲイザー的なバンドはイギリスではすっかり流行遅れな存在となってしまい、当時その手の音を偏愛していたマスダ的には寂しく旧譜や海賊盤を漁る日々が続いていたのですが、アメリカのアンダーグラウンドなとこからその手の音が勢いよく出現してきて「うひょー」と喜んだわけであります。
このシューゲイザー、すなわちパンクを通過したサイケデリック・ロックなわけですけど、このような音楽様式の直接の先祖は実は 60 年代のザ・バーズなわけなのです。
ようやく話が繋がったな。えーとバーズの 2nd の「霧の8マイル」という曲はご存じでしょうか?
はっきりいってシューゲイザーってのはこの曲に「かっこえー」とノックアウトされてしまった連中から生まれたといっても過言ではありません。そうなのです。結局ロックバンドの形態でやっている以上、新しいジャンルっても音楽自体は昔の焼き直しなわけで、60年代から80年代に出尽くしたアイディアが定期的に復活しているとお考えください。ジェジューンもその一つです。そんなところでいかがでしょうか。昔のロック少年に優しいリハビリ日記だったでしょうか。

はい、どうも増田さん、分かりやすい解説をありがとうございました。「昔のロック少年」も「エイト・マイルズ・ハイ」大好きです。
私も子どものころに「エド・サリバン・ショー」にザ・バーズが出てきて(リアルタイムで「エド・サリバン・ショー」見てたんすよ、凄いでしょ)、「ターン・ターン・ターン」と「ミスター・タンブリンマン」をやったの見て、「こら、えーわ」と感動したのでした。(でも中学生バンドではヴェンチャーズをやってたんですけど)
しかし、ロックやポップスやジャズを主題に研究をしたいという学生がこうもばらばら出てくると、とても私の手には負えません。今度、増田さんに来ていただいて「ロック・ミュージックへの学術的アプローチ」について語っていただけたらいいんですけど・・・
お、これはいい考えだ。どうでしょう? 増田さん、読んでたら、ご返事下さい。(って本人にメールすればいいんだけど)
最初は軽く特別講義をしていただき、いずれ集中講義を、というのはいかがでしょうか。些少ですが、学校主宰のお仕事ですからギャラも出ます。そのあと鴨鍋なんかで熱いの一つ。(これはおいらのおごりで)
たしか「人の酒は断らない」というけなげな決意をされたと聞き及んでおりますが。
どうでしょう、増田さん。