9月26日

2000-09-26 mardi

「ブルー・マンデー」というのがあるが、新学期が近づいてきて、私は「ブルー・オクトーバー」状態である。
ああ、仕事がしたくない。
うちでごろごろ本を読んで、原稿を書くだけの生活があとせめて3週間続いてくれないだろうか。このままでは、未消化の仕事を山のように残したまま、また息も絶え絶えのルーティンが始まり、「冬休み」が来るのを指折り数えて、それを頼りに生きる日々に突入である。
10月にはまた不安なことがある。
大学の役職者の改選期なのである。
私は年齢的に言ってそろそろ「やばい」年頃である。
繰り返し書いているように、本学の役職者は「責任だけがあって権限がない。」という哀しいポストである。月額わずかばかりの手当の代償に信じられないほどの仕事を背負い込むことになる。もちろん在職中にはペーパーの執筆はおろか、研究書を読むことさえままならない。
うっかり大過無く役職をこなすと再選されて、四年間、中間管理職の悲哀を舐め尽くすことになるのである。
多くの先輩たちが、在職中に健康を損ね、頭髪を失い、老眼の度が進み、人間不信に陥り、推敲を重ねた議案が空論に翻弄されて廃案になり、がっくり肩を落として暗い廊下を歩み去って行く姿を何度となく私は見てきた。
その「危険な年齢」に私は踏み込みつつある。
当然、心ある人は何とかこの職務を誰かに押しつけようと躍起になる。
自分に票が来そうだという予感を持つ人は、自分がいかに健康を害しており、いかに家庭が破綻しており、いかに重要な研究に押しつぶされているのかを必死に周囲にアピールする。
それだけでは足りないので、「あの人なんか、いいんじゃないかな。若いけれど、見識もあるし、腕力もあるし。うん、そうだよ。世代交代だよ。どんどん若い人にやってもらおうじゃないの」というふうに必死になって後進世代に「パス」を送ろうとする。
というわけでこの時期の大学は「けなし合い」ならぬ「ほめ合い」の言説が殺気立って飛び交っているのである。
私はさいわい「何があってもウチダにだけは権力を与えるな」という適切な人物鑑定眼を備えた同僚に恵まれているおかげで、「ポスト押しつけレース」では比較的安全な地位にいる。しかし油断は許されない。
「だめ押し」のためには、セクハラ疑惑が飛び交うとか、公金横領の噂が流れるとか、「決め」の一発が欲しいところである。
おお、そうだ「合気道部の合宿で暴力教師に体罰疑惑」というのはどうだろう。
D館前で大きな声で

「まったくウチダも鬼だよねー」
「そーよそーよあいつサディストだよ、海老沢センパイなんて肩の骨はずされたんだよ」
「うっそーやだー、溝口さんも右目殴られて眼帯してたし」
「タキ先輩なんか播但道で車の窓から放り出されて全身骨折で重体らしいよ」

どうかね部員諸君、先生の「ブルー・オクトーバー回避作戦」に協力してくれんか。