7月19日

2000-07-19 mercredi

今日で前期のお仕事は終わり。試験をひとつやって、ゼミの個人面談をひとりやって、それで前期の「おつとめ」完了である。娘は今週末から東京にいってしまって9月まで帰らない。
学校からも家庭からも解放されて、来週の月曜から秋風が吹き始める頃まで、私はパソコンとバイオメカノイド的に一体化した「夢のマキナ・アカデミカ」となるのでる。ああ、想像しただけで背筋に快感が走る。
しかし、つらつら思うに私ほど「おうちで机に向かっている」のが好きな人はあまりいないと思う。
今にして思うと子供のころからそうであった。
小学生のころから日曜日が大好きだったのだが、なぜ学校に行かない日がうれしいかというと、「うちでおもいっきり勉強ができる」からである。
日曜の朝、暖かい春の日差しを浴びて、うきうきした気分で机に向かって参考書やノートを取り出し、鉛筆をこりこり削って準備を整えている私の姿を家族のみなさんは不思議なものでも見るように遠巻きに眺めていた。
その体質はいまでもあまり変わっていない。
私はだいたいほとんど「外出」というものをしない。私のことを神経症的に多動的な人間だと思っている方が多いようだが、私は(東京にいたころから)三点間移動(自宅→大学→道場)のルーティンからほとんど一歩も出ない。
百間先生と同じで、食べるものも一度「これ」と決めると、ずっと同じものを食べ続ける。いそうするとだんだん「味が決まってきて」、何とも言えず美味しくなってくるのである。
このところ、朝はご飯とお豆腐のみそ汁と納豆と卵と漬け物。お昼は「みどりのたぬき」と「高菜のおにぎり」。(少し前までは、朝御飯が「玄米フレーク」とヨーグルト、果物。昼が学食のラーメン定食だった。)夜はさすがに変えるが、それでも20種類くらいのメニューをほぼレギュラーに回しているだけである。
だから関西に来て10年になるが、祇園祭も天神祭も葵祭も大文字の送り火も二月堂のお水取りも、とにかく、京都大阪奈良の「ツーリスティック・サイト」というところにまったく行ったことがない。
京都にはこの10年間に行ったのが10回くらいではないだろうか。(そのうちの4回はイスラエル文化研究会の研究例会に同志社女子大に行って帰っただけ)奈良は甥の「けんちゃん」の結婚式が春日大社であったので、それに行った一回だけ。大阪も梅田より南に行くのは、せいぜい大槻能楽堂までで、このあいだ「動物園前」まで足を伸ばしたのは例外的である。
一体何をしているのかというと、オフの日は朝から机に向かって本を読み、こりこりと書き物をしているのである。首が凝ってきたら道場に行ってばしばし稽古をして、お風呂で汗を流してからくいくいとビールを飲んで、カウチに寝ころんで白ワインなど啜りつつバカ映画を見るのである。どんな名所旧跡に行くより、家でこうしているほうが楽しい。
ときおり、愛と冒険、恋と革命とか、そういう浪漫的なものとこれほど無縁なままでいいのだろうかという疑念がよぎることもなくはないのであるが、いまのところは「アカデミック・ハイ」の脳内麻薬効果がもたらす「ささやかだけれど、確実な、快楽」にまさるものを私はほかに見出せないでいるのである。
しかし、明日は入谷さんの結婚披露パーティがあるので、梅田に繰り出すことになった。ゼミの卒業生諸君とひさしぶりにお会いできる。楽しみである。