6月9日

2000-06-09 vendredi

昨日は恒例の「古典を読む会」である。
参加者はだんだんふえてきて。昨日は10人。
フロイトの『精神分析入門』を読むの第三回。第11講から15講までを読む。
「夢判断」のところである。
この部分には、「夢の作業」、「幼児性欲」、「エディプス・コンプレックス」と三つも大事なトピックが出てくる、本書のかんどころである。
私がとくに興味をもつのは「夢の作業」である。
よく知られているように(とかいって、知らない人もたくさんいるだろうから、説明しますけど)フロイトが「夢の作業」と名付けたのは、「濃縮」、「移動」、「(思考の視覚像への)置き換え」、そして「逆転」である。
濃縮というのは、複数のファクターをごっちゃにして数を減らす操作である。夢の場合であれば、現実のAさん、Bさん、Cさんという人物が一人の人間に「キマイラ」的に融合して登場する、ということがある。これが濃縮。
移動というのは、言いかえると「代理」である。あるものAを指示するときに、別のものBを指すことである。夢の場合は、ちょっと芸当が複雑で、BからAへの遡行が簡単にはできないように、工夫がしてある。つまり一種の「隠語」のようなものをつかって語るのだが、その「隠語」の語義はとりあえず秘密なのである。(それでは「隠語」にさえならないではないか、という怒りの声が聞こえるが、ほんとにそうだね。)
まあ、「ひねりすぎて、わかりにくい駄洒落」のようなものとお考え頂いて構わないだろう。分かる人は分かるし、分からない人には分からない。(考えてみると、フロイトは「洒落」の達人であった。これはレヴィナス先生のタルムード解釈もそうであるので、あるいはユダヤ人の民族的特技といってよいのかもしれない。)
「思考を視覚像に置き換える」というのは誰でも分かる。
この場合の思考から視覚像への転換もしばしば「だじゃれ」的な語の連想によってリンクされている。
さて、私たちがもっとも関心を寄せるのは、四つの目の、夢の中では「対立するふたつの項は入れ替え可能であり」、「対立するふたつのものが同一のもの」として表現される、という「逆転」の現象である。
フロイトはここで興味深い言語の両義性の例を挙げている。
太古の言語においては、強弱、明暗、大小というような対立が同一の語根によって表現されていた例が多い。例えば古代エジプト語の「ケン」は「大きい」と「小さい」の両方の意味をもつ。ラテン語の altus は「高い」と「低い」を意味するし、sacer は「神聖な」と「呪われた」を意味する。英語の without は本来「・・・とともに」と「・・・ぬきで」の両方の意味をもっていた云々。
また同一の意味を表すのに、順序を逆転するということも行われる。
Topf / Pot(壺)、Boat / Tub(船/たらい)など。
これはフランス語の「ヴェルラン」(逆さ言葉)もそうだ。例えば、laisse tomber (レス・トンベ)「ほっとけ」を laisse beton(レス・ベトン)という類。そもそも「逆さ言葉」Verlan(ヴェルラン)自体が、「逆に」a l'envers (ア・ランヴェール)の「逆さ言葉」なのである。
ヴェルランは日本語にもたくさんある。とくにミュージシャンのあいだでよく使われている。「女」が「ナオン」、「ジャズ」が「ズージャ」、「めし」が「シーメ」の類である。(ジャズメンのヴェルランについては山下洋輔さんの愉快な研究がある。)
古代エジプト語から現代日本語までに見られるということは、この「逆さ言葉」が人類にとって「やめられないとまらない」系の言語表現であることがうかがえる。
フロイトの過激なところは、この「逆転」を夢の順序そのものに適用するところである。
「夢の中で諸要素の順序が全部あべこべになっているために、解釈をして意味を探り出すには、最後の要素を最初に、最初の要素を最後に取り上げなければならない夢があります。(…) 夢の作業のこれらの特徴は、太古的なものと称してさしつかえないでしょう。そうした特徴は、古代の表現体系、言語および文字にも同じように認められます。」とフロイトは書いている。
私はフロイトの夢についての理論をまるごと「物語の理論」として読む、という野心的な計画をひさしく抱懐している。だって、「古代の表現体系」に妥当するものが、現代の表現体系意に妥当しないはずがないではないか。
簡単に言えば、物語をぜんぶ「ひっくり返して」読むのである。
物語というのはふつうシーケンシャルな時間の流れの中で「展開し」「進行する」というふうに私たちは因習的に語って怪しまないけれど、これがね。逆なのだよ。
まず結末があって、それによってすべての「記憶」が再編成され、「過去」が造形され、それを逆から私たちは読んでいるのである。
しかし、これは話し出すと長くなるので、続きはまた今度。

96年卒業の柏木さんからお知らせです。

「皆さま。
お元気ですか?
6月15日(木)。
朝8時35分〜NHK総合「生活ホットモーニング・あの町この町ぐるり旅」に出演します。
柳川の町を旅してきました。
よかったら見て下さい。
感想もお待ちしています。
         柏木由佳」

だそうです。みんなで見ましょう。