4月26日

2000-04-26 mercredi

玉垣製麺所から「妻有蕎麦」が届く。
ぐふふふ。
玉垣製麺所の「妻有蕎麦」は日本一うまい。
私はこれからそれを食するのである。
ぐふふふふふ。

いまから15年くらい前、東京にいたころ、ある出版社の社長さんから「日本一うまい蕎麦を分けて上げしょう」といって何把か頂いた。
家に帰って茹でて食べた。
う・ま・い。
歯ごたえが「ぷりん」としていて、なんとも爽やかな食感である。
すぐに袋に書いてある電話番号に電話をかけて「送って頂戴」と頼んでみた。
えらく頭の回転のはやい女性が電話の対応に出て、三日ほどでどんと宅急便が届いた。
振替用紙が同封してある。
「うーむ」と私は唸った。
先にお金を払い込んでもらってから品物を発送する、というのがいちげんのお客さん相手の商売では常識である。
玉垣製麺所は見ず知らずのお客にいきなりブツを送ってくる。
そのまま蕎麦を食い散らして、踏み倒して逃げたって、わずか数千円の回収に新潟から東京まで来るわけないから、逃げたもの勝ちである。
それほど悪意がないにしても、一口食べて
「あんま、うまくないね」
ということになると、振替用紙は冷蔵庫にマグネットで止められたまま、なんとなくそのまま黄ばんでゆく、ということだってありうるだろう。
しかるに玉垣製麺所は、「うちの蕎麦を食べて、ただちにお金を払いたいという気にならない客はいない」という圧倒的な自信を持って商品を送ってくる。
代金を踏み倒した客は、その代償に「このあと一生、玉垣製麺所の蕎麦を注文できないという」罪の刻印を負うのである。
それがどれほどの苦役が分かるかね、明智君。
一度、玉垣製麺所の蕎麦を食べたひとは間欠的に襲ってくる「あのつるつるぷりぷり蕎麦を食べたい」欲望から逃れることはできないのである。
今回もひさしぶりに電話をかけたら
「ああ、内田さん、せんだってまで尼崎にいらした方ですね」と言われてしまった。
そうか、私は震災後の武庫之荘の寓居でもお蕎麦をずるずる食べていたのか。
東京、芦屋、尼崎、神戸、と居所を転々としつつ、私は玉垣製麺所の蕎麦を注文し続けていたのである。
商売の基本は、これだ。
クオリティの高い商品を提供してブランドに生涯の忠誠を誓う二心なきコンシューマーをひとりずつ確保してゆくこと、クライアントと(バーチャルなんだけど)親密な信頼関係を構築すること、そして、クライアントに接する営業最前線に「頭の回転が早くて、フレンドリーなひと」を配すること。
商売の基本を私は玉垣製麺所に学んだ。
日本の「ものづくり」を支えているのはソニーやパナソニックばかりじゃないぞ。