天網恢々疎にして漏らさず。
「せりか書房」の船橋さんという方に気楽に「レヴィナス論の書き下ろし、いいですよ。書きます」と請け負ったのがいまから数年前のこと。中沢新一さんと西谷修さんが編集委員のシリーズもの企画「20世紀の果実」のなかの一冊ということでご指名いただいたのだが、そのころはまだレヴィナス先生の『観念に到来する神について』の翻訳も終わっていなくて、中根さんからきついキックがばりばり入り、松下君との『映画は死んだ』プロジェクトも難波江さんとの『現代思想のパフォーマンス』プロジェクトも同時進行中だったので、レヴィナス論を書いている暇がない。
かくして歳月は経ち、その間、私は芦屋から御影に引っ越し、連絡先不明となってしまったのである。
編集者から何も言ってこない限り仕事はしないというのが物書きの基本的なスタンスであるので、音信不通のままころっと企画のことを忘れていたら、(冒頭にもどる)天網恢々、Sho'z Bar のご主人のところに船橋さんが翻訳の打ち合わせに行って、私の消息は編集者の知るところとなってしまったのでした。
うーん、やっぱり書かないとまずいかなあ・・・・と書いているところに当の船橋さんから電話がかかってきてしまった。
電話口で書きます書きますすぐにとりかかりますなあにいまひまなんですよはじめればもうあっというまに、と平謝り。
ふう、汗かいた。
しかし漫画家であれ作家であれ、私のような三流学者であれ、必ず編集者からの電話を恐怖するというのはどういうことか。
編集者から電話があってうれしかったということもないわけではない。
たとえば、院生のころ、最初に翻訳のトライアル原稿を送って、中根さんから「うーん・・・ま、いいか、使いましょう」という苦渋の決断の電話をいただいたときはうれしかった。
しかし、うれしかったのは、はじめの一回だけで、あとはつねに「まだ終わっていない仕事」についての督促を受けるだけである。
なぜそういうことになるのか。
もちろん、仕事はしたいのである。私の場合は100%自分から持ち込んだ企画なんだから、やりたい仕事に決まっている。ただ、やりたい仕事というのは私の「知的向上心」をはげしく刺激する仕事であり、それはつまり「私の知的レヴェルの低さ」をはげしく反省させる仕事というのに等しい。
やりたい仕事とは、すべてを忘れて、それに集中することを求める種類の仕事である。(はなうたまじりにホイホイできる仕事には私は熱情を感じることができない。だれでもそうか)
自分の無知と頭の悪さをはげしく反省しつつ、すべてを忘れて熱中するような仕事をするとなると、あわせて健全な市民生活(お稽古好きの主夫生活)を営むことはなかなかむずかしい。
やりたい、けど、できない。
やせたい、けど、食べたいと似ている。
体重計をみながら、「明日からはダイエットしよう」と誓っているときに電話がかかってきて「痩せた?」と訊かれるような感じ、といえば編集者からの電話というものの感触がご理解いただけるであろうか。
(2000-04-20 00:00)